●SEINA U 3●
私も関西棋院で対局したことがある。
前泊が必須の大阪での対局。
泊まるのは決まって近くのビジネスホテル。
でも、対局会場は同じでも、タイトル戦の宿泊場所は全く違った。
大阪駅から一駅先。
特別協賛のスポンサーが所有している外資系ブランドのラグジュアリーホテル。
家族旅行とかでこういうホテルにもそれなりに慣れてる私だけど、さすがに一人で入るのは緊張した。
でも立地の良さからかレストランのみを利用する客、会議室のみを利用するビジネス客も結構いて、紛れることが出来た。
最近のこういうホテルのエレベーターはカードキーをかざさないとボタンすら押せないようになっている。
佐為から渡されたルームキーをかざして、私は18のボタンを押した。
さすがタイトル戦…宿泊階だと一番上の階だった。
18階に着き、教えられた部屋番号を探す。
一番奥の…端部屋だった。
ルームキーをかざして、カチャリと扉を開ける。
「わぁ…」
目の前に広がる非日常の空間。
眺めの良すぎる窓に、すごくシックで大人っぽいインテリア。
そして大きすぎるダブルベッドに、私の顔は赤面した。
(緊張してきた……)
佐為は昨日からここに泊まってるんだろう。
チェストの横に彼のスーツケースが置かれていた。
ひとまずテレビを点けてみる。
東京とは違うチャンネル番号に戸惑いながらチャンネルを変えていくと、とあるワイドショーの番組まで来た時に『速報』のテロップが流れる。
『囲碁・十段戦 進藤七段がタイトル奪取 史上最年少タイトルホルダーへ』
「佐為……」
よかった。
本当によかった。
よかったね、佐為。
おめでとう、佐為。
私は涙が止まらなかった。
対局が終わってもすぐには解放されないタイトル戦。
検討はもちろん、取材もたくさん受けなければならない。
佐為の場合は特に取材は多いだろう。
私はホテルに隣接する駅ナカのレストランで夕食を取った。
時計を見ると18時を回っていた。
そろそろだろうか。
再びホテルに帰って来ると、見知った顔がたくさんあって、私は慌ててUターンして隠れた。
自分の父親はもちろん、佐為のお父さんももちろんいた。
見つかったら終わりだ。
(なんせ私は今日学校をサボってここにいるのだ…)
皆で夕飯を食べに行こうとしているみたいだったので、私は全員がいなくなるまで隠れていることにした。
10分後、全員がタクシーで出発したのを見届けてから私は部屋に戻った。
ちなみに出かけた中に佐為の姿はなかった。
佐為だけ取材が延びてるのだろうか。
そんなことを考えながら部屋のドアを開けると――上半身が裸の彼がいて驚く。
「さ、佐為、帰ってきてたんだ」
「う、うん…今帰ってきたところ」
スーツから私服に着替えていたところだったらしい。
シャツを慌てて着ている。
「精菜夕飯食べてきた?」
「うん。佐為は?ロビーにお父さん達いたけど、一緒に行かなかったんだ?」
「うん…一緒に行ったら絶対3時間は解放されないから」
「じゃあ夕飯どうするの?」
「もうコンビニでいいやって思って、帰りに寄って来た」
「ええー?!タイトル取った日の夕飯がコンビニ?!」
デスク上にコンビニの袋が置かれていた。
涙が出そう……
「ご飯なんて何でもいいっていうか……というか、今日の夕飯は精菜でいいっていうか…」
「え……」
そんなことを言われて私の顔は真っ赤になった。
もちろん彼の顔も。
「佐為……おめでとう。頑張ったね…」
「うん……ありがとう精菜…」
「約束通り…キスしてあげるね」
「うん…いっぱいしよう」
ゆっくり顔を近付けて。
私達はとびきり甘いキスをした――
――おめでとう佐為――
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