●SEINA U 2●





ここ10年くらい父がずっと保持している『十段』のタイトル。

父にとっても人生で初めて獲ったタイトルとだけあって、思い入れも深いそうだ。



大盤解説会場に行くと、平日なのに大勢の観客がいた。

もちろん囲碁好きのおじいさん達が大半。

でも中には若い大学生くらいの女の子達も結構いて、佐為のファンなのかな…と悟る。


佐為の人気は昔から半端ない。

入段前から本因坊と名人の息子だと注目され、おまけにあの俳優顔負けの容姿、メディアが放っておくわけがなかった。

佐為は嫌がったが、モデルみたいな仕事が入ることもしょっちゅうで、何度ファッション誌の表紙を飾ったか分からない。


おまけにあの飛び抜けた棋力。

入段してからほぼ敗けることを知らなかった彼は、どのタイトル戦でも順調に勝ち進んで行った。

勝数が増え、あっという間に二段へ。

一年もしたら三段になった。

そして名人リーグ入りを果たしたことから、中三、彼が15歳になる頃には一気に七段に昇段した。

もちろんリーグや本戦にはタイトルホルダーやタイトル経験者がわんさかいる。

挑戦者になるのは並大抵のことではなかった。


そんな中、高2の冬に初めて掴んだ切符。

十段への挑戦権。

もちろん囲碁界にとどまらない注目のされ方をしてしまっていた。

この大盤解説会場にあるカメラの数だけでも圧倒される。

中にはアナウンサー付きの撮影をしているテレビ局もある。


ちなみに解説を担当してるのは他でもない、彼の父――進藤本因坊だ。

関西棋院で日本棋院所属のおじさんが解説に入るなんて異例中の異例。

一般の人誰もが知っている進藤ヒカルを器用する必要があったくらい、この対局の注目度は半端ない。








『佐為…大丈夫?』

『……うん』


十段戦が始まってからの佐為には、余裕というものがなかった。

初めての挑戦手合というだけでも緊張するのに、周りからの期待のプレッシャーに押し潰されそうになっていた。

あんまり食も進まないのか、ちょっと痩せたようにも見えた。

寝れてもいないのか、クマも酷い。

性欲どころじゃないのか、触ってくることもなくなった。


2勝2敗、勝っても敗けても今日で終わり。

明日からはまたいつもの生活に戻れる。

私は本当はどっちの結果になってもいいと思ってる。

佐為の体だけが心配。


『無理しないでね…』

『精菜…』

『終わったら、キスしてあげるから』

『はは…キスねぇ』

『何よ、不満なの?』

『…ううん、いっぱいしよう』



この会話が先週の木曜日。

ちょっとは元気になってくれたのかな。

そして日曜に、彼から電話があった。

大阪に来て欲しいと――









十段戦は持ち時間3時間。

午前中に半分近くお互い使ってしまってるから、あと2時間もすれば決着が着くだろう。

おじさんの解説を聞かなくても、私だってプロ棋士だ。

盤面を見るだけで今どういう状況なのか分かる。

ほぼ互角――でも僅かに佐為がいい。

どうかこのまま終わって!と私は祈り続けた。





そして対局終盤、終局図が見えたところで私は大盤解説会場を後にすることに決めた。

チラリとモニターに映る自分の父親と恋人の表情を確認する。

ふと、新初段シリーズの時を思い出した。


あの時、賭け碁をした二人。

父が勝ったらsaiとおじさんの秘密を話す。

そして佐為が勝ったら……私は佐為のものになる、という賭け。

見事佐為が勝利し、私は彼のものになった。

あの約束は今でも有効だ。

私はずっと佐為のものだ。


左手を広げて薬指を見た。

小5の時に彼から貰った指輪。

私が彼のものである証――私の宝物だ。


『僕には精菜しかいないから…』


何も不安になることないからと言ってくれた、大事な思い出。

これからも佐為とたくさん思い出を作りたい。

きっと、今日のことも私達の中で、素敵な思い出になる。


モニターの彼に微笑んで、私は会場を後にした――












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