●SEINA 1●






「私、佐為のこと好き」


私が佐為に告白したのは小学3年生の時。

顔を少し赤めた彼は、すぐに私の手を取って

「僕も」

と言ってくれた――



物心がつく前からずっと一緒にいた兄妹。

それが佐為と彩の二人。

その日の朝までは私にとっても佐為はただの『お兄ちゃん』でしかなかった。

でも昼休みに……その感情が恋だということに気付いた。


夏休みに入る前の最後のクラス委員会議。

そこで佐為が同級生の女の子に告白されるところを見てしまった。

一瞬何かで頭を殴られたかと思ったぐらいの衝撃を受けた。

涙が出るぐらいショックを受けてる自分に驚いた。

もし彩が同じ場面に出くわしてもこうはならないと思う。

佐為は私にとってただのお兄ちゃんじゃなかったんだ…。

私は佐為が好きなんだ…。



善は急げ。

誰かに取られる前に、私はその日の帰り道に佐為に告白した――














「じゃあ精菜ちゃん、お夕飯は冷蔵庫に入れておくから、温めて食べてね」

「うん。いってらっしゃい、お母さん」


学校がお休みの土曜日。

私は土曜も仕事に向かうお母さんを見送った後、いつものように玄関の鍵を閉めた。

ダイニングに戻って、朝食の続きを食べ始める。



「…おはよう、精菜」

「あ、おはようお父さん」


食べ終わって、テレビを見ていたらお父さんが起きてきた。

昨夜飲み過ぎて二日酔いなのか、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してる。


「院生はどうだ?」

「楽しいよ。彩も一緒だし…」

「そうか」

「今日も彩ん家で打ってくるから」

「分かった」

「お父さんは今日仕事?」

「いや…今日はオフだ。昼からは出かけるつもりだが」

「…ふーん」


―――誰のところに?


と、私は心の中で問う。




私の両親はいわゆる仮面夫婦だ。

紙の上だけの繋がり。

最近は両親が話してるところもまともに見たことがない。

お父さんは囲碁と同じくらい女の人と遊ぶのが大好きみたいで、朝帰りも多い。

お母さんはそんなお父さんに何も言わない。

自分の会社のことで頭がいっぱいいっぱいなのか……元々愛情がないのか…。

お父さんもお母さんも、それぞれが私を大事に想ってくれてるのは分かるけど……








ピンポーン


「精菜!いらっしゃーい」

「おはよう彩。お邪魔しまーす」


冷え切ってる私の家と違って、彩の家はすごく温かい。

私の家が青なら、この家は赤。



「いらっしゃい、精菜ちゃん」


リビングを通ると、そこでお茶を飲んでたおばさんに挨拶された。

この家の階段はリビングにあって、ここを通らなければ絶対に二階には行けない。

おじさんが考えた構造らしいけど、すごく素敵。

嫌でも家族が顔を合わす機会が増える。

もちろん会話も増える。


「赤ちゃん順調ですか?」

「ありがとう。順調だよ」


おばさんが嬉しそうにお腹をさすってる。

子供が生まれるのは夫婦仲がいい証拠なんだろうな。

ま、彩ん家の場合、子供なんて関係なしに仲がいいのは一目瞭然だけど。


「おじさんは?」

「昨日から大阪。お父さんがいなかったら静かでいいや♪」

「あはは…」


そんな贅沢を言う彩に、私は苦笑いするしか出来なかった。




二階に行って、彩の部屋に入ろうとしたところで、隣の部屋のドアが開いた。

隣は佐為の部屋。

もちろん出てきたのは――


「佐為!」

「あ、精菜来てたんだ」

「うん。佐為はどこか行くの?」

「おじいちゃん家。一局打ってもらおうと思って」

「そうなんだ…」

「でも、先に精菜と打ってからにしようかな♪」

「何言ってんのよお兄ちゃん!精菜と打つのは私よ!」

「彩はいつでも打てるじゃん。ちょっとは譲れっての」

「も〜〜一局だけだからね!」


彩と佐為のやり取りにはいつも笑ってしまう。

一応仲がいいってことなんだろうな。

いいな…。

やっぱりいつ来ても、いつ見ても、進藤家は私の理想だ。

私も早くこの家の人になりたい。

あの冷たい家から抜け出したい。

もし叶うなら、いつか佐為と…この家のような温かい家庭を持ちたい。

…なーんてね。



「精菜?どうした?ニギれよ」

「あ。ごめん。じゃあ…」


まだ小学生のくせに、こんなことを考えてる自分が嫌だ。



ねぇ…佐為、彩、知ってる?

気付いてる?

私は本当はプロ棋士なんて目指してないんだよ…?

私の本当の夢は…普通に好きな人のお嫁さんになって…普通に温かい家庭を築くことなの……










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