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※この話は京田さんの母親視点です※





今でもあの日のことはよく覚えている。

プロ試験の日、息子が部屋で検討するからと試験仲間を三人連れて帰って来た。

その子達のあまりの容姿の良さに、私は囲碁のプロ試験は容姿の審査もあるのかと思った程だ。

彼女のことを息子はこう紹介した。

一緒にプロ試験を受けてる進藤君と、『妹の彩さん』――と。










「毛利さん、いらっしゃい。お久しぶりです」

「京田さんお久しぶりです。いつもお邪魔してすみません」


息子の友人・毛利雄介君のお母さんとは、息子が中1の時のクラス会で会った時からの仲だ。

高校を卒業してもう2年半近くになるけど交流は未だに続いていて、数ヶ月に一度は家にお喋りに来てくれる。

もちろん外で会ってもいいんだけど、お菓子が作れる機会を逃したくないからわざわざ来てもらっている。


「雄介君は元気?」

「元気元気。大学も夏休みだから毎日ゲーム三昧よ」

「あらあら」

「昭彦君はどう?相変わらず帰って来ないの?」

「ええ。もうお盆とお正月以外帰らないって決めてるみたい」

「あら…寂しいわね」



先週はお盆だったから久しぶりに顔を見せに来た息子。

とはいえ、一緒にお墓参りに行って夕飯を食べたらすぐに帰っちゃったけど。

でも食後の手作りチーズケーキも残さず食べてくれたし、お土産のアップルパイも嫌な顔一つせず持って帰ってくれたからヨシとしよう。

でもあのアップルパイは少し大きく作り過ぎた。

誰かと食べてくれてたらいいんだけど……

(残されて捨てられてたらショック……)



「……」


誰かと――それを考え出すと私はいつも不安になる。



「ね、ねぇ、毛利さん。雄介君はもう彼女いるの?」

「ええ。もうしょっちゅう遊びに来るわよ。ゲームも彼女としてるのよ」

「そ、そうなのね…」

「まぁ雄介ももうハタチだしねぇ」

「そ、そうよね……」


6月生まれの息子はもう21才だ。

私は今まで気になって気になって仕方がなかったことを、このお盆の夕飯の席で旦那についに代弁してもらった。


「昭彦、もう彼女はいるのか?」――と。


ピタッとお箸を止めて、少しだけ怪訝な顔をした息子は、

「…うん」

とだけ素っ気なく返事をしてきた。



(彼女いるのね……)



それ以上は聞けなかった。

実家暮らしでまだ学生の雄介君と違い、息子はもう一人暮らしをしていて、立派に働いている。

親元から巣立ってしまった息子との距離感は難しい。

ただでさえ年に2回しか帰って来ないのに、詮索されることが嫌で更に足が遠退いては困るからだ。


「昭彦君は彼女いるの?」

「え…ええ、いるみたい。でも会ったことないからどんな人なのかも全然知らないの…」

「そうなの?ちょっと寂しいわね」

「ええ…」

「でもまぁ一人暮らししちゃうと、彼女を紹介するタイミングもなかなかないものね。下手したら結婚の挨拶まで紹介されないかも?」

「け、結婚?!」


ぎょっとなる。

でも21という年齢を考えると、いつそういう日が来てもおかしくないのだ。

このマンションの同じ階に住む橋本さんちのお嬢さん(息子の小学校の時のクラスメート)だって、デキちゃってハタチで結婚してしまった。


「ググってはみた?」

「は?ググ…?」

「だって昭彦君て棋士なんでしょう?親より世間の方が絶対昭彦君のことよく知ってると思うけど」

「え?そうなの……?」


私はカウンターの上で充電中の携帯を手に取った。

そしてGoogle検索で自分の息子の名前を初めて入力してみた。


(――え?!)


すると信じられないくらいの大量の検索結果が出てきたのだ。

一番上に表示されたのが、ウィキペディア。

息子が普通にウィキペディアに載ってることにまず驚く。


「京田昭彦は日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。七段。東京都渋谷区出身。進藤ヒカル門下。主な実績に……」


生年月日や学歴まで普通にオープンに曝されている。

私達家族があまり知らない入段後の経歴もびっしりと、一目瞭然だった。

ウィキペディアの次は日本棋院の公式ホームページにリンクされていた。


「何だかネット社会って怖いわね……」

「そうね……」

毛利さんと一緒に検索結果を見ながら私達は呟いた。

ちなみに『画像』をクイックすると、棋士としての息子の写真が大量に表示される。

公式のものから、囲碁雑誌に載った写真、HPの記事用の写真、更には明らかにファンがイベントとかで盗み撮りしたと思われる写真まで。

私が家で保管している息子のアルバムは高校卒業までのものだ。

その続きがネット上には溢れていた。


ちなみにGoogle検索には関連キーワードというものがある。

他の人が息子を検索する時、名前の他に何を入力して検索しているかが分かる。


《京田昭彦 囲碁棋士》

《京田昭彦 棋譜》

《京田昭彦 七段》

と真面目なもの。


《京田昭彦 進藤ヒカル》

《京田昭彦 進藤佐為》

《京田昭彦 師匠》

と門下関係のものも多数。


《京田昭彦 身長》

《京田昭彦 高校》

《京田昭彦 イベント》

《京田昭彦 年収》

と明らかにファンが検索したと思われるキーワードもたくさん。

(ね、年収?!そんなのまでネットに出てるの?!)


そして――


《京田昭彦 彼女》

《京田昭彦 恋人》

このキーワードに、私と毛利さんは思わず顔を見合わせた。


「毛利さん……どうしましょう。すごく気になるわ…」

「もう見ちゃいましょうよ〜」

「でも、息子のプライベートを勝手に見るなんて何か罪悪感が……」

「あら、他人が知ってるのに、母親が知らなくてどうするのよ」

「そ、そうよね……」


ドキドキしながら私はその《京田昭彦 彼女》のキーワードをクイックした――









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