●SCHOOL 1●
「進藤君ってどの子?」
「ひゃーアレはヤバいね」
「え?どこどこ?」
「こっち向いてくれないかな〜」
「……お前、大変なことになっとうな」
西条が呆れたように廊下を見て呟いた。
休み時間になる度に廊下に他のクラスの女子はもちろん、上級生までもが群がる。
プロ試験に受かってから僕はもうクラスから出れなくなってしまっていた。
長身の西条の後ろに隠れて、ひたすら早く始業ベルが鳴ってくれるのを祈るしかない。
「てか何なんその眼鏡。目ぇ悪ぅなったん?」
「いや、その…伊達だけど。ちょっとはダサく見えるだろ?」
「アホか。インテリ度が増して余計イケメンに拍車がかかっとうわ」
「え…マジ?」
仕方なく眼鏡外すと、「きゃーっvv」と廊下から歓声が上がる。
何でこんなことになってしまったんだろうと、僕は溜め息を吐くしかなかった……
騒動の発端はもちろん今回僕がプロ試験に受かったことにある。
マイナーな囲碁の世界。
合格したところで何も変わらないと思ってたし、両親の時も事実そうだったらしい。
でもその両親が問題だった。
二人とも今や揃いも揃ってタイトルホルダー。
しかも二人ともCMにまで出るほどの知名度を既に持ってしまっている。
そこへ先週、母が名人戦4連覇に引き続き、女流本因坊を15期連続防衛という偉業を成し遂げたということがニュースになった。
ついでに息子の僕のプロ試験合格についてもキャスターが触れ、今までは囲碁雑誌や週刊誌に留まっていた僕の顔が全国ネットに出てしまった。
で……気が付けばこの有り様だ。
「進藤もうマスクしといたら?」
「…先生が許してくれるなら」
「ま、人の噂やすぐ収まるし、それまでの我慢やな」
「うん……」
ようやく放課後になった。
今日は父が手合い(棋聖の挑戦者決定トーナメントだ)で研究会が無い日。
西条とどこで打つか相談していたら、
「進藤君、ちょっといい?」
と声をかけられた。
女子から声をかけられる――それは僕にとって嫌なこと極まりない。
大抵が「告白」だからだ。
でも警戒して振り返ると、声をかけてきた人物を見て、僕は少しだけホッとした。
彼女は隣のクラスの別宮朋美さん。
海王小の時、何度か同じクラスになったことのある、今の海王中女子囲碁部の副部長である。
まだ中1の彼女が副部長のポジションにいるのはもちろん、単純に「強い」から。
きっと院生試験も余裕で受かるだろうという程の棋力の持ち主。
「…何?」
「ちょっと付き合って」
「え?」
有無を言わさず腕を引っ張って、教室から連れ出される。
彼女が向かう先はもちろん――東棟2階で最も東に位置する部屋、海王囲碁部の部室である。
「…悪いけど、指導碁する時間はないよ」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。指導碁じゃなくて対局してほしいのよ」
「対局?」
別宮さんが部室のドアをガラッと開ける。
今日は部活は休みらしく、ただっ広い部室にいたのはたった一人。
「お待たせ、内海」
「本当に進藤君連れてきたの?」
「そりゃそうよ、アンタの棋力を計ってもらうには一番の適役でしょ?」
「だからって…」
「進藤君、紹介するわ。1-Aの内海さくら」
「は、初めましてっ!内海です!」とペコリと頭を下げてくる。
「…初めまして」
「この子、今日本棋院の女流棋士採用試験を受けてるのよ」
「――え?」
僕のプロ試験が終わった翌週から始まった女流棋士採用試験・予選。
外来とプロ試験本戦に出なかった院生計12名で行われているリーグ戦。
彩は本戦に出ているので、予選免除となっている。
「院生…じゃないんだよね?」
「あ、はい。外来から受けてます」
「この土日の結果は?」
「全部で4戦して、一応全部勝ちました」
「へぇ…すごいね」
「いえいえいえ、プロ試験全勝の進藤君に比べたら私なんて…」
「……」
♪〜〜♪〜♪〜〜
携帯が鳴る。
西条からだった。
「はい」
『進藤、何やまた告られよんか?』
「違うって。ごめん、ちょっと時間かかるから今日は打てそうにない」
『そうなん?じゃあまた明日な〜』
「ああ」
ピッ
「ごめんね…」と内海さんが申し訳なさそうにしてくる。
「いいよ。で?一局打って何を計ればいいの?」
「内海と進藤彩の差よ」と別宮さん。
「彩?」
「そ。合格は一人、普通に考えたら合格するのはプロ試験を4位で終えた進藤君の妹でしょ?この子とどれくらい差があるのか知りたいのよ」
「…知ってどうするんだよ?」
「来年に備える。院生になるか、海王囲碁部を続けるか決める」
「…本気でプロになりたいなら、院生になれば?」
「ま、とりあえず打ってみてよ。互い戦でね」
一番端に置いてある碁盤に向かい合って座る。
「ニギるね」
内海さんが黒で僕が白と決まる。
「「お願いします」」
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