●GO!GO!SANA 9●





待ち合わせは大塚駅南口。

窪田棋聖の自宅最寄り駅だ。



「昭彦おじさん♪」

「佐菜ちゃん。さすが時間ぴったりだな」

「今日はよろしくお願いします」

「うん、じゃあ行こうか」


彩おばさんの旦那さん、昭彦おじさんと一緒に私は研究会の会場である、窪田棋聖の自宅に向かった。

歩くこと10分弱。

着いたのは3階建てのとても綺麗な外観のおウチ。


ピンポーンとチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いて「どうぞ〜」と女の人が出迎えてくれた。

「窪田さんの奥さんの内海女流だよ」と昭彦おじさんが教えてくれる。


「初めまして、進藤佐菜です」

「初めまして。進藤君の娘さんよね」

「あ、はい」


研究会の部屋まで案内してくれながら色々話してくれた。

内海女流も海王出身で、父とは中3の時からずっと同じクラスだったらしい。

海王は補講の都合上、棋士は必ず同じクラスにされる。

その伝統は今も同じらしく、私と翔は来年から高校卒業までおそらくずっと同じクラスになるだろう。

待ち合わせる手間が省けていい。


「進藤君に目許とかそっくりね」

「よく言われます」

「緒方さんは元気?」


緒方さんとは母のことだ。

囲碁関係者はほぼ99%母のことをいまだに旧姓で呼ぶ。


「はい。もう臨月間近なのでお腹が重たくて大変みたいです」

「…え?あ……おめでたなのね。知らなかった…」

「……?」


内海女流がちょっと落ち込んでいる。

……何で?


「さくらももう一人欲しい?」

「あなた…」


二階から降りてきたのは――窪田棋聖。

過去3回最優秀棋士賞も受賞したことがある、今の囲碁界で父と1、2を争っているトップ中のトップ棋士。

そしてその後ろに彼の息子、窪田蓮君。


「父さんそういう冗談人前で言うのやめてよ」

「別に冗談じゃないんだけど」


蓮君が私を見て睨んでくる。

「何で来たの?」と冷たく言われる。


「蓮、そういう言い方はやめなさい」

「……はい」

「京田君、いらっしゃい。それに進藤佐菜ちゃんだね?」

窪田棋聖が私に優しい笑顔を向けてくれる。

「初めまして、窪田大です。プロ試験の蓮との一局見たよ。最後の一手は素晴らしかったね」

「は、初めまして!ありがとうございます!」

「今日はよろしく」

「よろしくお願いします!」



研究会の会場である和室に招かれる。

中には既に6人いた。

若手の育成に力を注いでいるという噂通り、内5人はかなり若い。

全員中高生だと思う。

あと1人は私でも知っている。

窪田棋聖の同期の東九段だ。

(40代の筈なのに20代にしか見えない棋院一の童顔男で有名なのだ)


「皆既に知ってると思うけど、進藤佐菜さんです」

と窪田棋聖が私を皆に紹介してくれる。


そして研究会がスタートした。

まず最初に検討するのは一昨日に行われた本因坊リーグ、進藤ヒカル碁聖vs緒方精次九段の一局。

「せっかく進藤さんが来てくれてるからね」と、私のおじいちゃんズの対局を検討することになった。

門下の男の子二人が棋譜を見ながら並べていく。


「京田君は進藤門下の研究会でももう検討した?」

「はい、昨日」

「どうだった?打った当本人と本因坊のコメントは?」

「かなり辛口でしたね。いいところが一つもないみたいですよ」

「はは、確かに緒方先生上手く打ち回したよね」


そう――この勝負は完全に精次おじいちゃんの勝利だ。


8名で行われる本因坊リーグ。

総当たり戦で一番勝数の多かった者が父への挑戦権を手に入れることが出来る。

今期の本因坊リーグはここにいる窪田棋聖、京田天元、東九段の3人とも名を連ねている。

他は、進藤碁聖、緒方九段、塔矢王座、社九段、西条八段の計8名だ。

ちなみに前期の挑戦者は昭彦おじさんだ。

今期は誰が挑戦者になるんだろう。



おじいちゃんズの対局を検討した後、一局打つことになった。


「進藤さんは俺と打とうか」

と窪田棋聖に対局を申し込まれる。

進藤佐為の娘である私の実力が知りたいと顔に書いてある。


私はドキドキしながら

「お願いします…」

と返事をした――









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