●GO!GO!SANA 8●
「奏おじさん、久しぶり!一局打ってくれない?」
「佐菜、久しぶりだな。いいよ、上がって」
「お邪魔しまーす!」
今日の放課後は奏おじさんの家に打ちに来た。
おじさんと言っても父とは一回り離れているから、まだ23歳。
高校を卒業してから棋院の近くで一人暮らしをしている。
いや、二人暮らしか?
「佐菜ちゃん久しぶり」
「杏さん、お久しぶりです」
リビングに行くと奏おじさんの彼女、杏さんがいた。
高1の時から交際しているらしい二人。
今では半同棲生活を送っている。
杏さんの仕事は美容師兼ネイリスト。
だからいつもとってもオシャレで綺麗で、私の憧れだ。
仕事柄土日出勤必須の平日に休みがある彼女だから、奏おじさんとも休みが合うらしい。
ちなみに杏さんのお母さんは、ヒカルおじいちゃんの幼なじみのあかりさんだ。
「そういえば翔一君と付き合い始めたんだって?」
「……お父さんから聞いたの?」
「いや、父さんから」
「おじいちゃん?!」
どうやら父が祖父に喋って、祖父が奏おじさんに喋ったらしい。
はぁ……何て口の軽い……
「他にも何か聞いた…?」
「ああ。キスより先は七段になってからなんだって?父さんがウケてたよ」
「笑い事じゃないんだけど…」
「まぁ佐為兄さんが考えそうな条件だよな」
「ちなみに奏おじさんは何歳で七段になったの?」
「高2かな。16歳」
「早いね…」
「でも今も七段だからなぁ。ここから先が難しいんだよ」
「へぇ〜そうなんだ」
「上位陣相手に150勝はかなりキツい。タイトル取れば一髪だけど、今のホルダーは手強すぎるしな」
「ほぼ身内だけどね…」
「まぁな。佐菜もプロになれば自分の父親や祖父母の強さが嫌ってほど分かると思うよ」
「……」
確かに私は勝負の場での皆を知らない。
普段の対局でも全然敵わないんだ、きっと公式戦なんて手も足も出ないだろう。
もっともっと勉強して強くならなければ…!!
「とりあえず佐菜はまず来月の新初段シリーズだな」
「うん!頑張る!…でも誰とあたるのかなぁ?奏おじさんは誰だと思う?」
「俺の予想は窪田棋聖かな」
「え…っ」
「佐菜、プロ試験で息子の蓮君に勝ったじゃん?絶対佐菜のこと気になってると思う」
「えー…」
今や父のライバル的ポジションの窪田棋聖。
会ったことないけど、いい噂しか聞かない。
10年くらい前に師匠が亡くなってからは自ら門下を立ち上げて、若手の育成にも力を注いでいるらしい。
そういえばその窪田門下の研究会に、昭彦おじさんがたまに顔を出してるとか聞いたことがある。
よし、おじさんに協力してもらって、私も潜入捜査してこよう!
善は急げ。
私は早速昭彦おじさんに電話した――
「――え?窪田さんの研究会?」
「うん。今日行ってくる」
土曜日。
朝ご飯を食べてる時にお父さんにも話してみた。
「誰と行くんだ?」
「昭彦おじさん。電話したらちょうど今日行くって言うから、一緒に連れて行って貰えることになったの」
「ああ…京田さんたまに参加してるって言ってたもんな」
「うん、タイミングよくて良かった♪」
お父さんの昭彦おじさんへの信頼は絶大だ。
安心して私を任せられるんだろう。
特に反対も何も言われなくてよかった。
研究会は昼からなので、朝食を終えた私はお父さんと一局打つことにした。
私は進藤佐為門下として入段することになる。
実際には門下を開いていないお父さんは、私限定の師匠だ。
パチッ パチッ パチッ…
「…ねぇお父さん」
「何?」
終盤になったところで私は父に尋ねる。
「お父さんは本当は反対なの?私と翔が付き合うこと…」
「別に反対ではないよ。翔一君はいい奴だしね。彼が佐菜のことを好きなのにもずっと前から気付いていたし」
「…そうなの?」
「ただあんまり若いうちからそういうことをするのは反対だ。好きにさせたら間違いなく一年もしないうちにしてしまうだろう?」
「そ、そんなことないと思う。だって私、胸だってまだペッタンコだし…」
「胸の大きさなんて関係ない」
「でも、だからって七段は厳しすぎだよ…」
「そうだな、精菜にも叱られたよ。もう少し二人を信用してあげたらって…。でも僕は西条の息子を信用出来ない」
「お父さん…」
「それでも二人が好き合ってるなら僕も諦めがつくけど、佐菜は本当は翔一君のことを好きでも何でもないだろう?」
――え?
「好きだよ…?」
「好きは好きでもLOVEじゃなくて、LIKEの方だろ?」
「………」
私は否定出来なかった。
確かに私は翔のことを好きだけど……恋してるかと言われるとそうじゃない気がする。
告白を受けたのも、単に翔を独り占めしたいからだ。
お父さんは気付いていたんだ……
「でも翔一君に求められたら拒否は出来ないだろう?」
「……うん」
「だから七段なんだよ、佐菜。翔一君の頑張り次第だけど、最低5年はかかるだろう。5年もあれば佐菜も自分の気持ちに決着が着くだろ?このまま翔一君を本当に好きになるか……そうでないか」
翔を本当に好きになるか――そうでないか。
「……分かった。そういうことなら納得した。翔には騙してるみたいで申し訳ないけど…」
「佐菜が本気で翔一君を好きになったなら、別に七段になるまで我慢しなくていいよ。それは覚えておいて。僕もそこまで鬼じゃない」
「うん…分かった」
「好きになれるといいな」
「うん…」
また続きを打ち始めた。
そして父に見送られて、昼から窪田門下の研究会に出発した――
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