●GO!GO!SANA 2●
「佐為は明日帰ってくるんだった?」
「うん」
父は今、本因坊の防衛の為に長野に遠征中だ。
相手は私の叔父、京田昭彦天元。
彩おばさんの旦那さんだ。
二人とも、進藤門下。
祖父の弟子対決となる。
でも今のところ3勝1敗で、父は既に王手をかけている。
おそらく今回も父の防衛となるだろう。
本因坊のタイトルは父にとっては特別なもので、私が生まれてすぐの23歳の時にこの祖父から奪取して以来、12年間一度も誰にも譲ったことがない。
「オレが挑戦者になりたかったなぁ」
と祖父が溜め息を吐いた。
祖父はリーグ戦のプレーオフで、昭彦おじさんに敗れたのだ。
「翔一君、お父さんに来週からよろしくって言っておいて」
「分かりました」
来週から祖父の碁聖の防衛戦が始まる。
今回は翔のお父さん、西条八段が挑戦者となった。
「にしても」
祖父が私と翔を交互に見る。
「相変わらず佐菜ちゃんと翔一君、仲いいな。もう付き合ってるんだっけ?」
ギョッとなった。
「お、おじいちゃん変なこと言わないでよ!」
「心配しなくても佐為には黙っててやるから〜」
「付き合ってないから!ただの幼なじみ!ね、翔?」
「……うん」
「ほーら、翔一君不満そうだぜ?」
「そんなわけないでしょ!だいたい今の私達に恋愛なんかしてる余裕ありません!プロ試験で頭いっぱいいっぱいなんだから!」
「んな心配しなくても余裕だって〜。さっきも打ってて思ったけど、佐菜ちゃんその辺のプロより強いぜ?さすが佐為と精菜ちゃんの娘だよ」
「ダメ、油断大敵。プロ試験は水物なんだからね。必ずしも強い人が合格するとは限らないんでしょ?」
「真面目だね〜やっぱり蛙の子は蛙だな」
そう、今の私に恋愛する余裕なんてない。
余裕があっても、この幼なじみとそういう関係になるなんて考えられないけど。
翔だって同じでしょ?
「じゃ、また来るね」
「お邪魔しました」
お茶を飲み終えた後は、少しだけ祖父に詰碁の問題を出してもらって。
そして私と翔は祖父母の家を後にした。
また一緒に駅まで並んで向かう。
なぜか翔はちょっと無口だけど。
(いつも煩い奴が静かだと、ちょっと気味が悪い…)
「……なぁ、佐菜」
「なに?」
「俺らって……いつまでただの幼なじみ?」
…………え…………
「翔…何言ってるの?突然…」
「突然じゃないし。俺…ずっと前から佐菜しか見てない」
…………え…………
「佐菜は俺のこと、どう思ってる?幼なじみ以上の気持ちもちょっとはある?」
「……わかんない。考えたことない…」
「じゃあ考えてみてくれる?」
「……無理。今はプロ試験のことしか考えられない…」
「じゃあプロ試験終わったら考えてくれる?」
「…………」
これって……もしかして。
私は今、翔に告白されてるんだろうか…?
この翔に。
小さい頃からずっと一緒で、まるで姉弟みたいに育ってきた奴に。
いつからそんな目で私を見ていたの…?
何だかとっても恥ずかしい……
顔が熱くなるのが分かった。
「プロ試験終わったら、返事聞かせてもらえる?」
「……どうしても?」
「うん、どうしても。俺も今の宙ぶらりんなまま、ずっといくのは辛い。ダメならダメで諦めるし…」
「……諦めてどうするの?」
「そだな…他の恋愛探すかな」
「……」
翔が少し遠くを見た。
私にフラれたら、潔く諦めて次に行くらしい。
翔なら…それもきっと簡単だろう。
翔は誰とでも仲良くなれる性格で友達も多い。
優しいし、気が利くし、頭もいいし……碁も強い。
一緒にいてすごく居心地がいい。
中学に入って身長も伸びてからは、同級生の女の子何人かから告白されたこともあるそうだ。
きっと翔が本気になれば、彼女の一人くらい簡単に出来るだろう。
私はそれでいいのだろうか。
翔を他の人にあげてしまっていいのだろうか。
きっと今までみたいにはいられなくなる。
今みたいに一緒に学校から帰ったり、二人で気軽に打ったり、休みの日に一緒に碁会所巡りなんて……絶対出来なくなる。
絶対に彼女との時間を優先するだろう。
……そんなの嫌だ……
「……分かった。考えてみる。プロ試験終わったら返事するね…」
「うん…」
翔を誰にも渡したくない。
だから私の気持ちはすぐに決まった。
プロ試験が終わったら、ちゃんと言うからね――
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