●GO!GO!SANA 14●





進藤杯、二回戦。

将棋のプロ棋士だという加賀先生と私は向かい合って座った。


「よろしく」

「よ、よろしくお願いします…」


バッと広げられた扇子。

そこには『王将』と書かれていた。


「佐菜ちゃんは何歳?」

「あ…12歳です」

「進藤にこんなに大きな孫がいるなんてなぁ」

私の顔を見て、「佐菜ちゃんは塔矢似なんだな」と何故か苦笑される。


「えっと…加賀先生はヒカルおじいちゃんの知り合いなんですか?」

「ああ、進藤は中学の時の後輩だよ」

「そうなんですね…」

「久しぶりに連絡してきたと思ったら、『加賀、弟子取る気ない?』だもんなぁ。相変わらず滅茶苦茶な奴だぜ」

とブツブツ私に言ってくる。


(弟子……?)


彩おばさんに互先で勝利した加賀先生。

私には3目半のハンデをくれた。



「「お願いします」」



パチッ パチッ パチッ…



数十手打って加賀先生の棋力にまず驚く。

普通に囲碁のプロ棋士だと説明されても信じてしまいそうなくらい――強い。

打つのも滅茶苦茶早くて、連れて打ってるとミスを誘われる。


それでも私が勝てたのは、やっぱりこの対局がお年玉をかけた子供の為の大会だからだろう。

加賀先生は上手いこと半目差で「負けました」と頭を下げてきた。


「ありがとうございました…」

「ありがとうございました」


石を片付けながらチラリと加賀先生の顔を見ると、先生は隣の対局を真剣な表情で見つめていた。

隣ではアキラおばあちゃんと、いとこの誠が対局中だ。

数分後、誠が「負けました」と頭を下げていた。

相変わらずアキラおばあちゃんは強い。

(そして手加減する気ゼロだ…)



石を片付け終わった加賀先生が、誠に話しかける。


「じゃ、誠君向こうで指そうか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


二人で和室の方に行ってしまった。

指す――ということは、将棋を指すということなんだろうか?


(何の為に…?)


さっき、対局前に加賀先生が話してくれたことを思い出す。



――久しぶりに連絡してきたと思ったら、『加賀、弟子取る気ない?』だもんなぁ――



弟子…?

え……それってもしかして、この状況からすると、誠を弟子にするってこと……?

将棋の……?


小さい頃から一緒に囲碁を打って来て、当然誠も航も囲碁のプロ棋士になるものだと思っていた私には……ちょっと衝撃だった。

昭彦おじさんと一緒に心配そうに和室の方を見つめる彩おばさんに、私は尋ねた。


「彩おばさん…誠は将棋のプロ棋士になりたいの?」

「みたいだね。プロになれるかどうかは分からないけど、とりあえず中学入ったら奨励会に入りたいらしいよ」

「奨励会…?」

「囲碁で言う院生みたいなものかな…」

「へぇ…」


奨励会に入る為には必ずプロ棋士に弟子入りしなくてはならない。

だからヒカルおじいちゃん経由で加賀先生にお願いすることになったらしい。


「でも、誠って将棋なんて指せたの?」

「まぁ一応去年の小学生名人戦で優勝してるしね…」

「え?!そうなの?!」


私が囲碁のプロ試験を受けてた去年の夏。

誠も将棋の大会に出て、ちゃっかり全国優勝していたらしい。

全然知らなかった……



進藤杯の準決勝で、私は弟の航と対戦することになった。

開始前に航がどう思ってるのか聞いてみる。


「航は賛成?誠が将棋のプロを目指すの…」

「賛成も何も、アイツ昔っから将棋しか頭にないし」

「え?そうなの?」

「アイツが碁を打つのは佐菜が来た時だけだよ。知らなかった?」

「全然知らなかった…」


囲碁は私と同じ2歳から打ち始めた誠と航。

でも誠は小学校に入る頃には将棋に方向転換していたらしい。


「でも航は囲碁のプロになるんだよね?」

「まさか」

と笑われる。


「プロ棋士目指すなら父さんと同じ学校なんて受験しないよ。佐菜と同じ海王に行った方がよっぽど環境整ってるし」

「じゃあ…航は何になるの?」

「さぁ?普通の会社員かな、おじいちゃんみたいに」


航のおじいちゃん――つまり昭彦おじさんのお父さんは普通の会社員だ。

結構な大企業でいまだに働いている。

しかも役員。

おまけに何年か前までは代表取締役(つまり社長)も勤めていた。

航が憧れる気持ちも分からないでもないけど……誠も航も囲碁のプロの世界には来ないことを知って、ちょっとだけガッカリした自分がいた。



「「お願いします」」



でも、それなら尚更この対局は負けられない気がした。

仮にも4月からプロ棋士になる私が、棋士になる気なんて更々ないこのいとこに互先で負けるわけにはいかない。

もう初っぱなから容赦なく攻めて攻めて攻めまくって、航に反撃する隙を微塵も与えなかった。

圧倒的短手数で私は勝ちをもぎ取ってやった。



よし!最後は決勝戦だ!

何がなんでも優勝してやる!







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