●GO!GO!SANA 1●





「佐菜!一緒に帰ろうぜ!」



放課後。

祖父母の家に寄ってから帰ろうとしたら、呼び止められた。

振り返ると、私の幼なじみが笑顔でこっちに向かって走ってくる。



「…私、おじいちゃんち寄って帰るんだけど」

「え!マジ?俺も行っていい?」

「…別にいいけど」


やったー!と大袈裟に喜ぶ彼と、仕方なく一緒に駅まで歩き出した。

信号待ちをしている時、チラリと彼の顔を見上げた。


そう――見上げたのだ。


昔は私の方が10センチは高かったのに。

中学になって急に伸びた彼の身長は、今では170センチ以上ある。

私も160はあるから平均よりはかなり高い。

なのにもう全然敵わない身長。

それだけじゃない。

いつの間にか声も低くなって、私の知ってる彼の声と全く違う。

少しだけ…溜め息が出た。


(男の子って急に変わるんだから…)







私の名前は進藤佐菜。

海王中学の一年生、12歳。

特技は『囲碁』。

趣味も『囲碁』。

将来の夢も『囲碁のプロ棋士』だ。


そして今、隣にいるのが幼なじみの金森翔一。

彼の夢もまた私と同じ、プロ棋士だ。



「佐菜、もうプロ試験の申込した?」

「うん。翔は?」

「俺もこの前してきた」

「誰との棋譜にしたの?」

「お父さんとお母さんと社先生。佐菜は?」

「お父さんとおじいちゃんとおばあちゃん」

「オールタイトルホルダーかよ。豪華過ぎるだろ」


翔が笑う。

そう――私の父親も祖父母もタイトルホルダーだ。

父の進藤佐為は現在、名人・本因坊・十段を保持している三冠。

祖父の進藤ヒカルは碁聖。

祖母の塔矢アキラは王座と、女流タイトルの全てを相変わらず牛耳っている。

七大タイトルを家族内で取ったり取られたり、永遠と繰り返している。


そして翔の両親もプロ棋士だ。

西条八段と金森女流四段。

私の父親と翔の父親は中学の時からの親友。

だから私達は産まれた時からの仲で、幼なじみだ。










ピンポーン


「はーい」


祖父母の家に到着し、インターフォンを鳴らした。

すぐに出迎えてくれたのは、祖父。


「お、佐菜ちゃん。いらっしゃい。今日は翔一君も一緒か」

「うん。おじいちゃん一局打ってくれる?」

「もちろん」


翔も私に続いて「お邪魔しまーす」と入ってきた。

キッチンには祖母が。


「佐菜ちゃん、翔一君、いらっしゃい」

「「こんにちはー」」


いつもの和室で私とおじいちゃんは碁盤を挟んで向き合った。

「じゃあ翔一君は僕と打つ?」との祖母の提案に、翔は「いいんですか?!お願いします!」と浮かれていた。

私と祖父、翔と祖母が向き合って、

「「お願いします」」

「「お願いします」」

と二組同時に頭を下げた。



パチッ パチッ パチッ

パチッ パチッ パチッ



しばらく無言で打ち合う。

今年プロ試験を受ける私達だから、もちろん置き石無しの対局だ。

おじいちゃんは打つのが特に早い。

私も負けないようにそのスピードに付いていく。

お陰ですっかり鍛えられたヨミの力。

きっとプロ試験で役立つと思う。




「精菜ちゃんの調子はどう?」

中盤になったところで祖父が口を開いた。

「うん…だいぶツワリは治まってきたみたい」

「そっか、よかった。心配してたんだ、佐菜ちゃんの時は入院しちゃってたから」

「そうなんだってね、お父さんが言ってた」


私の母は現在妊娠3ヶ月で、ツワリの真っ最中だ。

12年ぶりの妊娠に両親はかなり喜んでいる。

もちろん私も。

ずっと弟妹が欲しかった。

弟かな?妹かな?

予定日は来年の1月。

年明けが楽しみで仕方がない。


でもその頃にはもちろんプロ試験も終わってるだろう。

父と同じように、院生でない私は外来予選からのスタートだ。

両親も祖父母も一発合格のプロ試験。

私も無事合格出来るよう全力を尽くそうと思う。


「……ありません」


でもやっぱりタイトルホルダーの祖父相手に互先で勝てるはずもなく、私はあっけなく投了した。

もちろん翔も投了していた。

少しばかり検討をした後、祖母がお茶を入れてくれて、4人で休憩することにした――










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