●ROOM SHARE 3●
昼ご飯を食べた後―――全員で残りをある程度片付けてしまってから、早速打ち始めることにした。
和室の伊角さんの部屋に碁盤を二つ並べ、四人でランダムに回していく――
「塔矢と打つの久しぶりだな」
「そうですね」
伊角さんが少し嬉しそうにニギる。
和谷と塔矢も打つのはなんとプロ試験以来らしい。
…オレは週に何回も打ってたけど。
「明日、早速ここで勉強会開こうと思ってるんだけど、塔矢も参加出来ないかな?」
「そうですね…分かりました。よろしくお願いします」
「うわ、お前オレが誘っても一度もOKしなかったくせに、伊角さんの言うことは聞くんだな」
「そうじゃない。だって前までは和谷君の部屋で開かれてただろう?僕が参加すると雰囲気が悪くなりそうな気がしたから…断ってたんだ」
塔矢がチラッと和谷に視線を向けた。
和谷は確かに、という顔。
「でも、これからは遠慮なく参加させてもらうよ」
その言葉の通り、週に2回ほど開かれるオレらの若手研究会に、塔矢は毎回顔を出すようになった――
塔矢は若手の中じゃ既に雲の上の存在になってるから、この機会に彼女と打っておこうという奴は後を絶たない。
最近はコイツも丸くなったのかな?
明らかに格下の奴でも嫌な顔一つせず、半分指導碁気分で打ってやってる。
すげ…楽しそうだし。
やっぱりコイツも純粋に碁が好きなんだな……なんて。
…でも―――
「どうした?進藤。不満そうな顔して」
「………別に」
研究会から離れ、一人リビングで詰め碁集を読んでたオレに気付いて、伊角さんが声をかけてきた。
「打たないのか?」
「今日はもう…いいや。寝るよ」
「そうか…」
部屋に戻る途中、チラッと伊角さんの部屋を覗くと―――本田さんと何か楽しそうに話してる彼女が目に入ってきた。
すげ……イライラする………
そのまま部屋に帰って布団に潜った。
「オレも…塔矢と打ちたい…」
出てしまった本音にハッとした。
そうだ。
そうなんだ。
オレ、一緒に住み始めてからアイツとろくに打ってない。
今までは独占してたのに、急に皆のものになってオレには回ってこなくなって……
塔矢も塔矢だ。
何いきなり皆に愛想振り撒いてるんだよ。
前までの人を馬鹿にしてるようなツンツン顔はどうしたんだよ。
オレはあっちの方がよかった。
安心できた。
アイツの目はいつだってオレだけに向けられてたはずなのに―――
コンコン
コンコン
「……ん」
何やらノックする音が聞こえて目が覚めた。
時計を見ると夜の12時。
「はい…?」
ガチャっとドアを開けると―――塔矢がいた。
「あ…ごめん。もう寝てた?」
「……皆は?」
「とっくに帰ったよ」
「ふーん…。で?なに?」
「いや、その……打たないか?これから」
………え?
「…もう充分打ったんじゃねーの?皆と」
「キミとは打ってない」
「……そうだな」
「打ってくれないか?」
「……入れよ」
塔矢を招き入れて、ドアを閉めた。
碁盤の前に座った彼女の顔は何だか嬉しそうだ。
「やっぱりキミと打たないと物足りないよ」
「…あんなに楽しそうに打ってたのに?」
「確かに新鮮で楽しかったけどね…。でも記憶に残らない程度のどうでもいい内容の碁ばかりだ」
「ひでぇ言い草。…なら、笑うなよって感じだけど」
「……え?」
「オマエ先番な。さっさと打てよ」
「あ……うん」
あーーイライラする。
オレの顔色を伺ってるからか、ずっと固い顔をしてる塔矢。
さっきと全然違う顔。
くそ…笑えよ。
「…進藤、なんか…怒ってる?」
「そうだな」
「眠い?」
「……別に」
「じゃあ何でそんなに不機嫌なんだ?」
「うるせぇな…。文句あるなら帰れよ」
「………」
面倒くさそうに答えるオレを見て、塔矢は呆れたように溜め息をついた。
「本当に帰ってもいい…?」
「………ダメだ」
「そうだね。僕も帰りたくない。もっともっとキミと打ちたい…」
「……オレも」
「じゃあ本当に打とうか。僕は父と毎朝打ってた。キミとも必ず毎朝一局打ちたいな」
「うん…」
コクンと頷くと、塔矢は満足そうに微笑んできた。
その笑顔が嬉しくて、オレの方も自然と頬の筋肉が緩まる。
「…あ、でもオレは夜の方がいいかな。朝は起きれる自信がない」
「いいよ。じゃあ夜ね」
この日以来、夜は二人の時間となる――
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