RIVER 1





「塔矢、オレと付き合って」


20
歳の時――僕は永遠のライバルであるはずの進藤ヒカルに告白された。

ずっと好きだった。

だからオレと付き合ってと。


悩みに悩んで悩みぬいた末、

「分かった…」

と僕は承諾した。

断ることで、今のライバル関係が崩れて、進藤を失うことが怖かったからだ。

それに、少なからず男女交際というものにも興味があったからだ。

僕だって、周りの女の子達が普通にしてるようなデートというものを一度くらいはしてみたい。

進藤とだったら、それも楽しいものになりそうだといい方向に想像出来たからだ。


(映画とか観に行ったり?)

(テーマパークや水族館もいいかも?)

(もちろん碁会所デートもありだな、と)



「じゃあ塔矢、今度休み合わせて二人で出かけようぜ!」

「いいよ」


初めてのデートは来週の火曜日と決まった。

 

 

 


その日の夕飯の席で。


「お母さん、火曜日は出かけるから」

だからお昼ご飯も夕ご飯もいらないと母に伝えると、

「あら、今度はどこの研究会?」

と聞き返される。


「研究会じゃなくて…、進藤と出かけるんだ」

正直に回答すると、母の表情が変わる。

「あああアキラさん。そそそれって、もしかして……」

「うん。進藤と付き合うことになったから」

「―――!!」


母はなぜか泣いて喜んでいた。

お洋服を新調しなくちゃとかメイク道具も揃えなくちゃとか、一人盛り上がっていた。


一方、父は固まっていた。

「そうか…、進藤君がアキラの婿か…」

とかよく分からないことを呟いていた。

婿じゃなくて彼氏だから。


「アキラさん、今度の日曜日一緒にデパート行きましょうか」

「イベントの仕事が入ってるので無理です」

「そう…、じゃあ適当に買っておくわね」

「お願いします」

 


日曜日に実際に母が買ってきたものをチェックすると、見事にワンピースやスカートばかりで目眩がした。

やっぱりいつもの服で行こうと決意する。

 

 

 

 



待ちに待った火曜日。

母に泣きつかれて結局僕は母の購入したワンピースを着て出かけることになってしまった。

まぁ…、服なんてどうでもいいか。

進藤だって別に僕が何着てようが気にしないだろう。

そう思っていたのだが……


「塔矢…、すっげー可愛い!」

と待ち合わせ場所に着いた途端、既に来ていた進藤に絶賛される。


めちゃめちゃ可愛い!

え?明子さんが選んだの?

流石だよ!よく分かってる!――と。



「じゃ、行こうか塔矢」


手を出され、拒否するのも変なので、僕らは手を繋いでデートをスタートさせた。

進藤の手が少し汗ばんでいて、緊張がこっちまで伝わってきた。

そういう僕も…、心臓がバクバクだ。



進藤との初デートは思ってた以上に楽しかった。

僕一人では絶対に行かない場所ばかりに連れて行ってくれたからだ

特にゲームセンターでは、クレーンゲームで僕の為に頑張って大きなぬいぐるみを取ってくれたからだ。

プレゼントされたそのぬいぐるみを抱いてカフェに移動して、ひたすらお喋りするのもとても楽しかった。

携帯中継で今日棋院で行われている対局を進藤と検討もした。


でも碁の話をしてしまうと、どうしても打ちたくなる。

進藤は僕の気持ちを悟ってくれたのか、

「分かった分かった、打とうか」

と僕が一番嬉しい言葉をくれた。


「どこで打つの?」

「んー、オレんちとか?」

「進藤のうち?」

「いい?」

「別にいいけど…」


進藤の家は葉瀬中から徒歩15分ぐらいのところにある。

突然お邪魔したら進藤のお母さんは困らないだろうか…、と思いながらまた手を繋いで移動する。


電車で移動すること15分。

徒歩で移動すること10分。


「ここだから」

と進藤が僕を連れてきたのは、僕が想像していた家とまるで違った

10
階立ての単身向けのマンションだった。


「…一人暮らししてたのか?」

「あれ?知らなかった?」

引っ越してもう一年になるよ、と。

そのまま手を引かれてエレベーターに連れて行かれる。

進藤の部屋は8階で、西向きのベランダから見える夕日はとても美しかった。


――て、夕日?


時計を見ると既に6時だった。

(しまった、カフェで検討に夢中になり過ぎた)

今から打ってたら、終局する頃には完全に日が落ちてしまうだろう

そんな時間までお邪魔するのは非常識な気がする。

そのことを進藤にも伝えると、

「大丈夫だって。塔矢は彼女なんだから」

彼女が彼氏の家に夜遅くまでいるのはフツーだよ、と教えられる。

(そうか…、普通なのか。じゃあいいか…、一人暮らしだし、誰に迷惑がかかるわけでもないもんな)


「じゃあ…、お願いします」

「お願いします」


碁盤を挟んで打ち始めた。

持ち時間なしの気軽な対局。

一局打ち終わって、検討も終えると既に9時。


「そういやメシ食べるの忘れてたな」

と進藤が台所に立って適当に作ってくれた。


「キミ…、料理なんて出来たの?」

「一年も一人暮らししてるからな。毎回外食だと体に悪いし」

「そう…」


意外だった。

作ってくれた野菜炒めもすごく美味しかった。

「料理も洗濯も家事は一通り出来るぜ。見直した?」

コクリと頷く。


「だから共働きでも大丈夫だから」と。

共働きは当たり前だろう。

僕は結婚したからって棋士の仕事を微塵も減らす気はないからな。

むしろ僕の為に主夫になってくれる男性と結婚したいものだ。

もちろん進藤に主夫になられては困るが。

(永遠のライバルを失うわけにはいかないからな)

 

 

NEXT