●REWARD 1●





「佐為♪」



朝6時。

待ち合わせ場所の駅前に着くと、僕の姿を見つけた途端彼女が駆け寄って来た。


「明けましておめでとう、精菜」

「おめでとう。今年もよろしくね」


早速手を繋いで一緒に神社まで歩くことにした。

夏と違って元旦の6時なんて時間はまだ薄暗い。

こんな時間にわざわざ初詣に行くのは、もちろん極力人目を避ける為だ。

それでも念の為に付けている眼鏡とマスク。

ちなみに精菜も付けていたりする。

しかも彼女はウィッグも。

いつもは長くてウェーブのかかったふわふわな髪が、今日はストレートボブなので、何だかちょっと新鮮だ。


「可愛いよ」

「そう?ありがとう」

「でも、いつもの方がやっぱり好きかな」

「ふふ、じゃあ部屋に帰ったら戻すね」

「うん。ごめんな…精菜までこんな格好させて」

「佐為と外で手を繋げるなら、これくらい何でもないよ♪」


精菜がぎゅっと僕の腕に手を絡めて来た。



去年は棋士としては充分過ぎるほど充実した一年となった。

4月に十段を、11月に名人を、そして12月に王座を奪取し三冠になった。

メディアの取り上げ方は棋士としては異例というか異常な程で、年末の特番でも驚くほど自分の名前が出ていたらしい。

(僕は基本テレビなんか見ないからよく知らないけど…)

当然素顔で街なんか歩こうものなら、囲まれるし撮られまくることになる。

だから夏頃から一切素顔では外を歩いていない。

常に眼鏡とマスク着用の生活だ。


『緒方さんとの関係は隠した方がいいよ』


そう棋院の広報の人から助言されたのは何月だっただろうか。

精菜までカメラに追い回される生活になると言われてしまっては、首を縦に振るしかなかった。

でも、いくら付き合って既に8年目に入ってると言っても、会うのをずっと我慢出来るはずはない。

なんせ体を合わせ始めたのはつい最近、この4月のことなんだから。

まだ片手で足りる回数しか夜を共にしていない。

もちろんそれ以外の恋人らしいことだって、僕らはまだまだたくさんしたい年頃だ。

初詣だって、手を繋いで二人きりでしたい。

だからこんな薄暗い時間に出発して、精菜にもこんな格好をしてもらってるわけだけど……






「初詣終わったら、どこか寄ってく?」

「いや…いいよ。帰ろう。早くこの変装解きたいし」

「そうだね」



拝殿に着き、一緒にお参りをする。

僕の願い事は毎年同じだ。

今年も満足のいく碁がたくさん打てますように――


それと今年はもう一つ。

精菜にもっとたくさん会えますように――と、ちょっと情けない願い事もした。

情けないけどかなり切実だ。




参拝が終わる頃、ちょうど日が登り始めて、ビルとビルの間から少しだけ初日の出が見えた。


「きれい…。いい一年になるといいね」

と精菜がまた手を繋いで来た。

「うん……そうだな」

「佐為の今年の目標はなに?」

「うーん…」

「四冠?」

「はは…そりゃなれたらいいけどね」

「じゃあなに?」

「んー…とりあえず『独り立ち』かなぁ」

「あ、そっか。卒業したら一人暮らし始めるもんね」

「うん。最近は全然料理もしてないから不安でしかないけどな」

「佐為なら大丈夫だよ。それに…」

「それに?」

「たまには私も作りに行ってあげるね♪」

「たまに…だけ?」

「ふふ、彩みたいに入り浸ってほしい?」

「はは…そういや今日も夕方から京田さんち行くとか言ってたな彩の奴。昨日も行ってたくせに」

「本当?京田さん内心流石に困ってるんじゃない?」

「どうなんだろな。でも京田さん意外に彩にベタ惚れだからな…」


精菜の足が突然ピタッと止まる。


「……佐為は?」

「え?」

「佐為は私にベタ惚れじゃないの…?」


ちょっとだけ不安そうに訊いてくる彼女。

僕はもちろん即座に笑顔で答えた。


「もちろん、ベタ惚れだよ」

「佐為……///」


途端に嬉しそうに顔を綻ばせてきたのはマスク越しでも分かる。

でも早く彼女のありのままの素顔を見たくて、僕らは来た道を足早に戻って行ったのだった――









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