●REVENGE おまけ6●
「京田さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「あ、おはようございます。こちらこそお願いします」
彩ちゃんと付き合い始めて早2ヶ月。
俺はこの土日、仙台で行われるイベントの手伝いに来ていた。
1日目の主な仕事は公開対局の大盤解説。
控え室に到着すると、直ぐ様聞き手を担当する山名女流三段が挨拶してきた。
「私仙台初めてなんです。東北新幹線も久しぶりで、ちょっとテンション上がっちゃいました」
と彼女が可愛くフフっと笑う。
「俺は仙台は2月以来かな。棋聖戦で解説担当した時にも来たから」
「そうなんですね。やっぱり師匠の進藤先生のタイトル戦だから、京田さんが解説に呼ばれることも多いんですね」
「そういうことなんだろうね。本因坊戦も呼ばれたし」
去年の秋、名人戦の最終予選を突破し、俺は念願のリーグ入りを果たした。
七段になったからもあるのか、こういった解説の仕事が格段に増えた。
解説にはもちろん聞き手が付き物で、毎回女流の誰かと組むことになるわけだけど……
(今回は山名女流かぁ……)
一緒に会場に向かいながら、俺は気付かれない程度の小さな溜め息を吐いた。
出来たら組みたくなかった人だったからだ。
それはもちろん――過去に彼女から告白されたことがあるからだ。
「京田君、お疲れ〜」
「あ、窪田さんもお疲れ様でした」
1日目の公開対局は窪田八段vs中澤八段だった。
持ち時間はたったの10分、使い切ると30秒の早碁だ。
結果的には窪田さんの圧勝だったわけだけど、途中なかなか面白い展開にもなって、解説する側としてもすごく楽しかった。
「ちょこちょこ聞いてたけど、京田君て解説上手いんだね」
「そうですか?」
「うん、分かりやすかった。しかもかなり盛り上がってたじゃん」
「それは山名さんのお陰かと…」
「まぁね。俺も昔組んだことあるけど、彼女話の振り方上手いもんな」
山名女流は見た目がいい上、アナウンサー並に滑舌もいいので、昔から聞き手の仕事をかなり任されている。
もう慣れたものなのか話の盛り上げ方もよく分かってるし、石を貼り付ける時のさり気ないヘルプまでプロっていた。
一緒に仕事をしてみてものすごくやりやすかったのだ。
組みたくなかった人だけど、組めてよかったと終わった後は正直にそう思えた。
「でも山名さんて絶対京田君に気があるよな」
「……え?」
窪田さんが小声で耳打ちしてきた。
「彼女いつもはあんなブリブリな感じじゃないもん。TV放送が入るわけでもないのに、服も髪型もめちゃくちゃ気合い入ってるし。京田君の為に頑張ったんじゃないの?」
「……もしそうだとしたら、かなり困るんですけど」
「困るんだ?」
「俺彼女いるんで」
「え?!」
窪田さんが初耳なんだけど!と驚いてくる。
「マジで?!いつ出来たの?!」
「2ヶ月くらい前です…」
「へ〜〜!硬派な京田君にもついに彼女が出来ちゃったのかぁ〜」
「硬派?」
「うん。だって京田君、結構な数告られてるのに、ずっと断って一人だっただろ?誰が一番に落とすんだろって仲間内でも噂になってたよ」
「…はは」
確かに自分でも驚くほど今まで告白された気がする。
彩ちゃんとのことを大っぴらに言うつもりもまだないから、交際を開始した今でもそれが続いているのも事実だ。
この前なんか棋院で彩ちゃんと話してる時に呼び出されたから、戻った後彩ちゃんがものすごく不機嫌になってしまっていて。
機嫌を直してもらうのに正直大変だった。
(でも焼きもち焼いてくれている彩ちゃんもものすごく可愛かった…)
「でも、彼女いるなら山名さんには気を付けろよ」
「え?」
「夜の親睦会を絶対チャンスだと思ってると思うから」
「……はい、気を付けます」
イベントの手伝いに来た棋士全員強制参加の夕食を兼ねた親睦会。
予め席は決められていて、解説担当の俺と聞き手担当の山名さんは、当然のように隣同士の席だった。
「京田さん、今日はお疲れ様でした」
「…山名さんもお疲れ様」
「飲み物何にします?」
彼女がドリンクのメニュー表を広げてきた。
「俺はビールでいいかな」
「ビールかぁ…。私はどうしようかな…。お酒あんまり飲めないんですよね…」
「じゃあソフトドリンクにしておけば?」
「いえ、飲みます。カクテル1杯くらいなら大丈夫なんで」
結局彼女は可愛くカシスオレンジを選んでいた。
彩ちゃんともいつか飲みに行ったりもするようになるのかなぁ…とふと思った。
まだ16だから、4年は先の話だけど。
でも母親の塔矢名人がお酒にめちゃくちゃ強い人だから、彩ちゃんも強くなりそうな気がしてならない。
カシスオレンジはまずないだろう。
ビールか…ワインか…ハイボールか。
デートでいきなり女子が焼酎頼んだらちょっと引くかもしれない。
いや、でも彩ちゃんならあり得そうで、想像したらちょっと笑えてきた。
今は一緒にレストランに入ったらオレンジジュースとかコーラとかを頼んでる彩ちゃんが、そんなものを頼む日が来るのかと思ったら、楽しみなような残念なような複雑な気持ちだ。
でも一歩一歩一緒に大人になっていけるのは嬉しい気がした。
「乾杯!」
の合図で親睦会が始まった。
最初はやっぱり皆真面目に囲碁の話をするのは常だ。
俺の斜め前に座っていた窪田さんは左右の棋士に碁聖戦について聞かれていた。
来週火曜から碁聖戦の挑戦手合が始まる窪田さん。
かれこれ10回は挑戦者になってる彼だけど、芹澤先生が持つ碁聖への挑戦は今回が初めてだ。
「自信ある?」
と聞かれて、
「いやぁ…どうですかね」
と言葉を濁していた。
「京都だっけ?移動が大変だな」
「そうですね。だから俺は明日の午前中でドロンさせていただきます」
「そりゃそうだ。ていうか、タイトル戦の移動日前日までイベントをぶっ混んで来る手合課に驚くよ」
「ですよねー。俺にタイトル取らす気ないですよねー」
窪田さんが軽く返していたので笑いが起きていたけれど。
「ま、忙しい方が余計なコト考えなくていいんで、ある意味助かりますけど…」
と呟いた窪田さんはやっぱり昔の彼とは少し違うように感じた。
まぁまぁ自信家な彼がすっかり自信を無くしてしまう程、タイトルを奪取するのがいかに大変なことなのか分かった気がした。
俺もいつかは取れるんだろうか。
その前に挑戦者にならないと話にならない。
まずはそこを目指したいと思う。
「京田さん、今日はご一緒出来てよかったです。楽しかったですね」
山名さんが料理を取り分けながら話しかけてきた。
「京田さんて解説もすごく上手なんですね。とっても分かりやすくて、私何度も感嘆の溜め息吐いてたんですよ?」
「そうなんだ?ありがとう」
「組めてよかったです。本当は……ちょっと嫌だったんですけど」
――え?
「……2年前のこと、京田さん覚えてます?」
「……うん」
2年前の春――俺はこの山名女流に告白された。
『ずっと好きだったんです…』
と言ってきた彼女に、俺は
『ごめんね…約束してる人がいるから』
と断ったんだった。
「あの時はショックでした。だって京田さん絶対フリーだと思ってたし」
「……」
「約束してる人がいるってあの時言ってましたけど、今はどうなんですか?」
「うん…その約束してた子と今ちゃんと付き合ってるよ」
「そうなんですか?!」
うわーショックー…と彼女が俯いた。
「あれからも全然浮いた話聞かなかったし、ダメになったのかなってちょっとは期待してたのに…」
「……」
「どんな人なんですか?京田さんの彼女って…」
「…すごく可愛い子だよ、顔も性格も」
「そうなんですね…」
「俺は一生彼女のことしか考えられないから。山名さんも俺のことなんか早く忘れて、他を当たった方がいいよ」
ちょっとキツめに拒否る。
その方がきっと彼女の為になると思ったからだ。
彩ちゃんのことしか頭にない俺なんか気にしていても、時間が勿体ないだけだからだ――
「…そうですよね。分かりました…」
と彼女は震える声で、少しだけ涙を潤ませながら頷いていた。
翌日、イベント2日目は子供囲碁大会も開かれていて、俺の仕事は一日その見回りだった。
対局終了した子供達の検討に加わってアドバイスをしていく。
ちょっと院生時代を思い出して懐かしくなった。
中1から高1まで約3年間、俺は院生に在籍した。
彩ちゃんが入って来たのは中3の秋で、あの時はまさか将来付き合うことになるなんて思いもしなかった。
俺は囲碁を始めた当初から進藤先生に憧れてたから、娘である彼女が多少は気になってたのは確かだけど。
(まさかこんなにも好きになるなんてなぁ…)
彼女のことを考えない日はない。
何をしてても気が付いたら考えてしまってるのだ。
今頃何してるんだろう…とか。
もしかして俺の部屋にいたり?
この前ついに俺は部屋の合鍵まで彼女に渡してしまった。
もちろんいつでも好きな時に来て欲しいからだ。
彩ちゃんならいつだって大歓迎だ。
一緒に住む日が早く来ればいいのに、とさえ思う。
こんなにも好きになれた人に出会えたのは囲碁を始めたお陰だ。
中1の時、どの部活に入ろうか迷ってた俺に、誘ってくれた毛利に感謝だな。
(毛利は結局合わないとかで半年で退部しちゃったけど)
院生を進めてくれた顧問の先生にももちろん感謝してる。
そしてもちろん――俺が進藤先生の弟子になれるよう便宜を図ってくれた進藤君にも。
チラリと向こうの壇上を見る。
山名女流は今日も公開対局の聞き手の仕事をしていた。
彼女にも、早くいい人が現れればいいのにと思った。
俺が彩ちゃんのことだけを考えてるのと同じように、彼女だけを考えてくれる人もきっとどこかにいると思う。
(明日は彩ちゃんに会えるなぁ…)
明日を楽しみに、俺は囲碁大会の子供達にアドバイスを続けたのだった――
―END―
以上、おまけ5の前の土日、仙台のイベントに行った時のお話でした〜。
彩のことしか頭にない京田さんです。
京田さん、あなたいつの間にそんなキャラに??
この次の日彩に会えて一週間ぶりにエッチしたものだから、止まらなくて疲れてうっかり寝落ちしちゃったのでございます〜(笑)
さて、リーグ入りを果たして七段になった京田さん。
今ではタイトル戦の解説にも呼ばれるようになったみたいですね。
とりあえず師匠のヒカルのタイトル戦の時は毎回呼ばれてるそうです。
本因坊戦(ヒカルvsアキラ)の時は佐為と組んでW解説をしたそうですよw
いつか彩と組んで大盤解説も出来るといいですね!(きっと彩のテンションはMAXでしょうw)
山名女流はDISCIPLEで冒頭京田さんにフラれた女流でございます。。。
フラれても諦めてなかったみたいです。
が、再リベンジも見事玉砕です><
山名女流は院生の時から京田さんのことはもちろん知っててその時から好きだったのですよ。
ちなみに京田さんより一つ年上の22歳なのですよ。
奈央より1年あとに女流枠で入段したのですよ。
実はこのあと窪田さんの同期の東さん(棋院一の童顔男)と上手くいってゴールインするという裏話があるのですよw
めでたしめでたし〜。
てことで女流枠で入段した順番〜(現在の年齢)
金森女流三段(20)⇒山名女流三段(22)⇒進藤女流三段(16)⇒内海女流二段(18)
将来の配偶者は西条⇒東⇒京田⇒窪田なのですよ☆