●DISCIPLE 1●





「京田さん…ちょっといいですか?」



打ち掛けになって、柳と一緒に昼ご飯に向かおうとエレベーター待ちをしていると、後ろから声をかけられた。

仕方なく柳には先に行ってもらって、俺は人気のない非常階段へ移動する。


「ずっと好きだったんです…」

と告白される。

「ありがとう…」とお礼を言って。

そして俺はいつものように「ごめんね…約束してる人がいるから」と断った。

パタパタパタ…と泣きながら去っていく彼女が見えなくなった後、俺は柳を追いかける為に急いでその場を立ち去った――







「京田君、こっち!」

「ごめん、柳」


大混雑する平日昼時の駅前のセルフカフェ。

俺の分も注文してくれてた柳にお礼を言って、立て替えてくれてた代金を渡した。


「京田君最近多いね、告白されるの」

「んー…そうか?」

「また断ったの?」

「…まぁな」

「山名女流…結構可愛いのに」

「…そうだな」

「京田君て理想高いの?」

「…別に高くないけど」

「じゃあ何でいつも断ってるの?彼女欲しくないの?」

「……」



俺が告白を断る理由。

それはもちろん、俺が高1の時に『約束』したからだ。

師匠の娘の彩ちゃんと。

彼女が16歳になった時に、もう一度告白してくれるから。

それまで誰とも付き合わずに待つと。


あの約束から早2年半。

俺は高校も卒業してこの春から棋士一本の生活になった。

もうすぐ一人暮らしも始める予定だ。

新居は棋院と進藤家とのちょうど間くらい。

手合いも研究会も行きやすい最高の立地だ。



「俺はもうちょっと碁に集中するつもり」

「…別に彼女作ったからって集中出来なくなるわけじゃないでしょ?」

「……」


柳には高校の時からもう2年近く付き合っている恋人がいる。

むしろ彼女がいた方が生活にメリハリが出ていい、とコイツは言う。

それくらい…分かってる。

でも俺は待つつもりだ。

あと2年。

たったの2年だ……



「…まぁ京田君がそれでいいなら、僕が口出すことじゃないけど」

「悪いな、あと2年は一人でいるよ」

「ふぅん…」










食べ終わった後棋院に戻り、昼からの対局が始まった。

今日の対局は本因坊戦、最終予選一回戦。

持ち時間5時間の大一番だった。

相手は七段だったけど、何とか勝ち星を掴んだ俺は、対局が終わり次第真っ直ぐ自宅へ戻った。


今は帰ったら母親が夕飯を作ってくれてる生活。

でもこんな生活ももうすぐ終わるんだよな…と夕飯を食べながらちょっとだけセンチメンタルになる。

ちなみに横のリビングでは妹二人がテレビを真剣に見ている。

二人が好きな俳優が出ているドラマを録画してあったらしい。


今中2の双子の妹。

彩ちゃんも二人と同じ中2だ。

中2というのは思春期で、反抗期で、俺のことなんて二人ともほぼ無視だ。(親父もだけど)


それに比べて彩ちゃんは昔と変わらず、相変わらず性格も可愛いと思う。(ちょっとオタク入ってるけど)

顔も相変わらずめちゃくちゃ可愛くて、綺麗になってきて、俺には勿体ないくらいだと思う。



「昭彦さん、引っ越しは来週の月曜だった?」

「うん、そう」

「荷造り終わりそう?」

「何とか」

「そう…またいつでもご飯食べに帰ってらっしゃいね」

「ありがとう…」

「私も女の子だけだとご飯の作り甲斐がなくて…」


母が悲しそうに笑う。

確かに妹二人はしょっちゅうダイエットだ何だ言ってて、朝ご飯なんてヨーグルトくらいしか食べない。

夜も炭水化物はいらないだとか野菜がどうとか、面倒くさいことばかり母に言っている。

何でもパクパク気持ちいいくらいに食べる彩ちゃんとは大違いだ。


相変わらずタイトルホルダーで忙しい進藤先生と奥さんの塔矢先生。

二人が遠征でいない時は前は進藤君がご飯を作ってたわけだけど、最近は進藤君もだいぶ忙しい。

棋士と高校の両立でいっぱいいっぱいな感じで、ぶっちゃけ家事まで手が回らないらしい。


なので進藤家には今お手伝いさんがいる。

50歳くらいの主婦業のベテランな人だが、これまた料理が上手い。

俺も研究会の時にはいつも夕飯をいただいてるが、彩ちゃんのお箸が止まらない理由が分かる。

ちなみに明日はその研究会の日だ。



「母さん、明日は夕飯いらないから」


そう言うと母は「分かったわ…」と悲しそうに返事をした――











NEXT