●REVENGE 2●
京田さんがモテなければ私達の約束には何も問題がなかった。
私が16歳になるまでは京田さんも囲碁に専念して、そして16歳になったらもう一度私が告白して付き合う――完璧な計画だった。
でも、中2の時に私は知ってしまった。
京田さんがかなりの数の告白を受けていて、それを全部断っているということを。
もちろん嬉しかった。
私の約束を守ってくれてる彼に。
でも、同時に申し訳なく思った。
私があんな約束をしなければ、京田さんにはとっくの昔に恋人が出来ていただろうから。
私のせいで10代後半という大事な時期を……一人ぼっちにさせてしまった。
そもそも京田さんは中学から男子校だったし、ずっと囲碁漬けだったから今まで出会いがなくて彼女がいなかっただけだ。
でもプロになればそれなりに出会いもある。
京田さんは顔もまぁまぁカッコいいし、身長も高いし、かなりの進学校に行っていて頭もいい、性格だっていい。
おまけに、そもそも京田さんはあのお兄ちゃんがプロ試験の時から意識していたほどの囲碁の才能の持ち主だ。
師匠無しで囲碁を始めて3年半でプロ試験に受かるなんて天才の域である。
おまけに――『進藤門下』だ。
三冠のお父さんが開いている進藤門下は既にブランド化していて、その名前を名乗るだけで驚かれることもあるそうだ。
それはもちろん、『入門することが囲碁界一難しい門下』だからだ。
今まで何十人の人が志願してきたか分からない。
そもそも皆、お兄ちゃんが行う棋譜審査すら通らない。
たまに見込みのありそうな人がお父さんと打つ対局審査に進むこともあるけど、合格者は今のところ誰一人としていない。
私にしてみれば
「自分の対局だけでも忙しいのにこれ以上増やしてたまるか」
というお父さんの適当さが出てる門下になってしまってるだけのような気がするけど、世間の認識は違うようだ。
今では進藤門下に入ればタイトルも夢じゃない、的な扱いだ。
それはもちろんお兄ちゃんがタイトルホルダーになったことから来てるウワサなのだけど、皆がそれより注目してるのは京田さんの棋力の上がり度だ。
そりゃ三冠のお父さんと史上最年少でタイトルホルダーになったお兄ちゃんと一緒に勉強しているのだ。
京田さんの戦績は年々群を抜いてアップしていった。
ハタチになった今ではタイトル戦のリーグや本戦にももちろん名前を連ねていて、既に七段。
お兄ちゃんは今回八段に更に昇段したけど、京田さんは同年代では飛び抜けた出世頭だ。
だからもちろん比例するように――モテる。
私は目撃したことはないけど、精菜から何度も聞かされた。
「院生の子から告白されたらしいよ」
「イベントでファンの子に呼び出されてたって」
そして――
「昼休みに山名女流二段にコクられてたよ」
私はもう聞くに耐えられなかった。
私との約束を健気に守ろうと、断ってくれてるその姿を想像するだけで申し訳なくなった。
だから、ついに聞いてしまった。
「京田さん……私との約束が重荷になってない?」
だって京田さん……今すごく辛そうな顔してる。
それってやっぱり…私と約束したことを後悔してるんでしょ?
本当は断りたくないんでしょ?
今すぐ恋人がほしいんでしょ?
でも、京田さんがイラつきながら返してくれた言葉は私にとって意外なものだった。
「辛いに決まってるだろ?!好きな女の子とあと2年も付き合えないんだから!!」
夢かと思った。
京田さんが私のことを好きだって、好きだって言ってくれた。
信じられないくらい嬉しかった。
おまけにキスまでしてしまった。
再び二人の気持ちを確認しあったあの中2の夜は、今でも忘れられない、私達にとって大事な思い出だ――
「精菜、私…5日に京田さんに告白する」
「え?」
「京田さんと約束してたの。16歳になったら告白するからって。だから京田さんも、それまでにお父さんに勝って認めて貰うって言ってた」
「…勝ったね、先週の天元戦で」
「うん――!!」
先週の月曜に行われた天元の本戦、準々決勝。
京田さんはついに師匠のお父さんに勝利した。
約束通り勝ってくれたんだ。
だから、後は私も約束通り告白するだけだ。
「彩、頑張って」
「うん…!」
その日の夕方、お父さんの研究会に京田さんはやってきた。
いつも通りお父さんとお兄ちゃんと三人で和室にこもって、そして夕飯は私やお母さんも交えて一緒に食べた。
「京田さん、そういえば引っ越したとか聞きましたけど?」
お兄ちゃんが京田さんに尋ねる。
「うん、もうちょい棋院に近いところにね」
「また一度お邪魔してもいいですか?将来の参考に」
「なに?進藤君も一人暮らし考えてるの?」
「高校卒業したらするつもりです」
もう高3のお兄ちゃん。
卒業したらということは、おそらく来年の今頃はお兄ちゃんはこの家を出ている。
家族中でその様子を想像して……ちょっと落ち込んだ。
「京田さん、私も新しい部屋にお邪魔してもいい?」
帰り際、玄関を出たところで私は京田さんに尋ねた。
「もちろん」
「5日に行ってもいい?」
それが何を意味してるのか京田さんも分かったのか、少し頬を赤めてきた。
「……いいよ」
「どこに行けばいい?」
「ここに迎えに来るよ」
「じゃあ…1時に来てくれる?」
「分かった」
そして私は意を決して、京田さんの耳に小声で囁いた。
「私…帰らないからね」
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