●REVENGE 1●





お兄ちゃんがタイトルホルダーになった――



昨日関西棋院で行われた十段戦・挑戦手合五番勝負、第五局。

緒方先生に挑んだお兄ちゃんは見事勝利し、初タイトルを手にした。


翌日、夕方になってようやく家に帰ってきたお兄ちゃんに

「おめでとうお兄ちゃん!!」

と私はプロ試験の時と同じ、クラッカー鳴らしてお祝いした。


「ありがとう、彩」

「お兄ちゃん、精菜は?帰ったの?」

と私が意地悪く質問すると、

「え、せ、精…菜?」

と挙動不審気味に慌てていた。

「隠さなくてもいいよ〜。昨日精菜大阪行ってたんでしょ?珍しく学校休んでたし」



そう――昨日精菜は学校に来なかった。

手合いの日でもないのに。

何で休んだのかなんて考えるまでもなかった。


(お兄ちゃんの対局を見に行ったんだな……)


近くで見届けるつもりなんだ。

でもってきっと今夜お兄ちゃんと過ごすんだ。

初めて。

ついにしちゃうんだ……



「あ……うん、帰ったよ」

顔を赤めたお兄ちゃんが私から逃げるように自室に急いだ。


(しちゃったんだ……)


いいなぁ……と私は心の底から二人が羨ましく思った。





私も自分の部屋に戻り、カレンダーを確認する。

今日は4月29日、金曜日、昭和の日。

あと6日で私の16歳の誕生日がやってくる。

私が京田さんと約束した日がやってくる。

再び告白する日がついにやってくるんだ。


京田さんを4年半も待たせたお詫びに、私もこの日に彼に私の全てをあげるつもりだ。

(私も頑張ろう……)















5月2日、月曜日。

私は精菜が学校に来るなり、屋上に引っ張っていった。


「精菜、ちゃんとお兄ちゃんのプレゼントになった?」

私の質問に、すぐに顔を赤めてくる彼女。

「別にプレゼントになったつもりはないけど…」

「でもついにしちゃったんでしょ?」

「……それはまぁ……そうだけど」



私達が小3の時から続いているらしいお兄ちゃんと精菜の関係。

私が気付いたのは小4の時。

おじいちゃんちに三人で泊まりに行った日だ。

私がトイレから戻ると二人がキスしていて、あの時は驚いたものだ。


小5の時、私は二人がキス以上の関係にもなってることに気付いた。

私がいつものように本屋から戻ると、玄関に精菜の靴があった。

お兄ちゃんと一局打ってるのかな?


「精菜来てるの〜?」

と私はお兄ちゃんの部屋に向かい、ちゃんとドアノックをした上で(偉いでしょ?)、ドアノブを下げた。

いや、下げようとした。

下がらなかったけど。

カギがかけられていたからだ。

呆然と立ちすくんでいると、お兄ちゃんがカギを外してドアを開けて来た。


「…お兄ちゃん、精菜に何してたの?」

「彩には関係ないだろ?」

「それは……そうだけど。でもっ」


精菜はまだ小5なんだよ?

分かってるの?


「精菜はもう僕のものなんだから、何しようが勝手だろ?」

「……!」


緒方先生のバカ……何で賭け碁なんてしたのよ?!


「信じらんない…、お兄ちゃんのエッチ!スケベ!変態!」


あの時は本当に信じられなかった。

でも、後で精菜が真実を教えてくれた。

最後まではしてないと。

体を少し触り合ってただけだよ、と。


「…触られたの?」


あの時の私にはそれすら嫌悪感でいっぱいだった。

精菜が悲しそうに笑ってきた。


「私は別に最後までしてもいいんだけどね…」

「精菜何言ってるの?私達小学生だよ?」

「そうだね。でも私は別に構わない。それで佐為を独占出来るなら…」

「今だって独占してると思うよ?お兄ちゃん精菜のこと大好きだし」

「でも、彩だって色んなマンガ読んでるなら分かるでしょ?佐為は中学生なんだよ。そういうことにも興味が出てくる年なんだよ…」

「……」

「佐為がモテることは彩だって知ってるでしょ?」

「精菜…焦ってるの?」

「すごくね。佐為のことは信じてるけど、キスしか出来ない未熟な彼女でいつまでも満足してくれると思ってない」

「だから…触らせたの?」

「真面目な佐為がどうしても出来ないって言うから。私が高校生になるまで待つって言うから。でも私はキスだけで安心なんか出来ない」

「精菜……」


結局、本当に二人は待った。

精菜が高校生になるまで我慢した。

そして、この春からようやく高校に進学した私達。

お兄ちゃんと精菜は4日前にやっと結ばれた。

付き合い始めてから、もう7年近い歳月が流れようとしていた――



「彩も京田さんが好きなんでしょ?京田さんと付き合ったら、きっと今の私の気持ちも理解出来るよ…」

「……」


私はこの会話の2ヶ月前――京田さんに告白した。

私は……京田さんに付き合うことを承諾してもらえなかった。

さすがに小5の女の子とは付き合えないと、きっぱり断られた。

京田さんはお兄ちゃんより更に年上の高校生だ。

高校生の交際がどういうものなのかは私も分かってる。


そうだね……仮にもし付き合えれてたらとしたら、きっと私も精菜と同じ気持ちになる。

キスだけしか出来ない彼女で本当に満足してもらえてるのか…きっと不安になる。

ずっと不安を抱えたまま付き合い続けることになるのだ。

承諾してもらえなくて、逆に良かったのかもしれない。



――でも

私は失敗した――



16歳になったらもう一度告白するから、誰とも付き合わないで待ってて――という約束を京田さんと交わした私。

あの時はそれが一番いいと思った。

でも今思うと何て酷な約束をしてしまったんだろう。


それに気付いたのは私が中2になった時。

京田さんが他の人から告白されてると知った時だ――











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