●TIME LIMIT〜再会編〜 7●
起きたら隣りに塔矢が眠ってる。
9年ぶりに迎えた6回目のそんな朝。
最高だよな…――
コンコン
「…ん?」
コンコン
何やらドアをノックしてる音がする…。
ルームサービス…は取ってなかったよな。
ああ…そうか。
この部屋…コネクティング・ルームだったっけ…。
向こうには千明がいるんだよな。
もう起きたのかな…?
ベッドから下りると素っ裸だったことに気付き、慌てて浴衣を着た。
「塔矢、オマエも早く何か着ろよ」
「んー…まだ寝る…」
「仕方ねぇな…」
バサッと塔矢に頭からシーツを被せた。
コンコン
「はいはーい」
ガチャっとドアを開けると千明と美鈴ちゃんがオレを見上げてきた。
「お父さんお腹すいたー」
「すいたー」
「え?」
時計を見ると既に9時を過ぎてる。
「あー…じゃあ下のバイキングでも食べに行くか?でも浴衣のままだとレストランに入れないから、千明達も着替えてこいよ」
「「はーい」」
再びドアを閉めて後ろを振り返ると、塔矢が顔だけ出してこっちを見つめていた。
「キミ…父親っぽいな」
「正真正銘の父親ですから」
エッヘンとすると塔矢が笑った。
「子育て…大変だった?」
「まぁ…な。でもオマエとの子供なんだって思ったら…全然苦に感じなかったよ。千明がいてくれるだけで幸せな気分になれたし」
塔矢のベッドに忍び込み、再び跨がって…上から抱き締めた―。
「なぁ塔矢…、昨夜オレ…オマエにプロポーズしたよな?」
「うん…」
「オマエOKしてくれたよな?」
「そうだね…。でも…1つだけ条件がある」
「え?なに…?」
塔矢が両手でオレの頬を包んできた―。
「東京に帰ってきて…。そしてまた手合いにも復帰してくれ…」
「いいぜ。オマエがオレのものになってくれるなら何だってするよ…」
「ありがとう…―」
塔矢が顔を近付けてきて――キスしてくれた―。
碁をやめて約8年半…。
でも和谷とは数ヶ月に1回は打ってる。
バイトで指導碁もしてる。
それでも前線を退いたオレの棋力は…きっとタイトル戦の予選通過も難しいレベルだろう。
また…一からやりなおしだな。
それでもいいさ。
オレには所詮碁しかないんだから…――
「おいし〜い」
初めてのバイキングに千明はご満悦の様子。
さっきから美鈴ちゃんと何往復もしてる。
「お父さん、ご飯食べたらお家に帰るの?」
「そうだな…そうするか」
「お母さん…は?」
遠慮気味に千明が聞くと、オレの横でコーヒーを飲んでた塔矢はニッコリと千明に微笑んだ。
「今日・明日は仕事ないんだ。僕も付いて行くよ」
「本当?!」
「うん。進藤が逃げないように見張ってなきゃならないしね」
塔矢がチラッとこっちを見た。
「べ、別に逃げねぇよ…。むしろもう帰らなくてもいいし。でも色々手続きがあるからな…」
千明の方に視線を向けると、何かを察したように眉を傾けていた。
「千明…お父さんな、お母さんと結婚しようと思ってるんだ」
「本当…?」
「うん。…でな、東京に帰ろうと思ってる」
「じゃあ…」
「うん…、ごめんな…。千明には転校してもらわなきゃならない…」
「……」
「え?!千明ちゃん転校するの?!」
美鈴ちゃんが驚いたように声を上げた。
家が隣りで、千明と一緒に今まで育ってきた美鈴ちゃん。
きっとオレより千明のことをよく知ってる部分もあるだろう…。
こっちに帰るとなったら…その美鈴ちゃんともお別れをしなきゃならない。
「やだな…。私…千明ちゃんと離れたくない…」
「私も…。お父さん…どうしても転校しなきゃダメ…?」
「千明一人を置いていくわけにはならないからな…。お父さんな、棋士の仕事に復帰しようと思ってるんだ。今の家からじゃ通えないから…」
「そう…だよね」
千明が寂しそうに美鈴ちゃんの顔を見た。
でも美鈴ちゃんは何かを思い出したように、勢いよく千明の方に振り返った。
「千明ちゃん、でも昨日家から4時間でここまで来たよね?」
「え?うん…そうだね」
「それくらいなら…またすぐに会えるよね?」
「美鈴ちゃん…」
「春休みになったらまた遊ぼうよ」
「うん…、うん!」
「お手紙もいっぱい書くね!」
「うん!私もいっぱい書く!」
それを聞いてホッとしたようにオレと塔矢も顔を見合わせた。
東京・大阪間だって新幹線で2時間ちょい。
北海道から沖縄だって飛行機だと4時間かからない時代。
交通の発達に感謝…だな。
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