●REINA 1●





「はぁ……進藤佐為君て超カッコいいですよねぇ…」



秘書の土浦が雑誌を見ながらうっとりと溜め息を吐いた。


「……進藤佐為?」

「社長知らないんですか?囲碁界のプリンスぅ」

「…知ってるわよ。私の夫を誰だと思ってるの」

「あ!そうでしたね!緒方十段でしたね。え?じゃあもしかして、社長から旦那さん経由でお願いしたら、進藤佐為君のサインとか貰えたりします?」

「やめてちょうだい、あの人にそんな借り作りたくないわ」

「え〜〜お願いしますよ〜〜サイン〜〜」

「……どこがいいのよ、進藤佐為なんて」

「そりゃ顔ですよ!容姿!社長も見てくださいよこの雑誌!」


はいっと、その雑誌を渡される。

大手出版社発行の誰もが知っているそのファッション雑誌。

生意気にその表紙を飾る少年に、私は目を細めた。


「……何歳になったのかしら?」

「確か今17ですよー。高2かな?いい男に成長しましたよねぇ」

「高2…」

「もう彼女とかいるのかなぁ?いたらショック〜〜」

「……」


進藤佐為に彼女がいるかどうかなんて、私はもちろん知っている。

何故なら――自分の娘がそうだからだ。


この春から高校生になる私の一人娘、精菜。

精菜とこの佐為君が交際を始めたのは、もう何年も前の話。

6、7年前?

直接聞いたことはないけど、いまだに関係は続いているらしい。

何故そう思うのか。

それはもちろん――相変わらず定期的に娘の部屋のゴミ箱がティッシュでいっぱいになってるからだ。


最初に気付いたのは娘がまだ小5の時。

信じられなかった。

まだ小5の娘と中1の彼がそんなことをしてるなんて。

もちろん夫を交えて即家族会議を開いた。

夫は「最後まではしてないみたいだから」と言う。

そういう問題じゃないでしょう?

今はしてなくても、そのうち絶対してしまうだろう。

まだ小学生なのに。

娘は佐為君が好きだ。

だから求められたら絶対に拒否なんて出来ないだろう。

もし最悪な結果になったらどうするの?

今すぐ別れさした方がいいのではないだろうか。


「お母さん、佐為を怒らないでね。佐為は我慢してくれようとしたのに、私が誘ったんだから」

「精菜ちゃん…」


娘は必死だった。

佐為君の目を自分に向けさせ続けるのに必死。

その為には手段は選ばないみたいだった。

彼女がプロになるのも、佐為君を見張る為。

この子から彼を取り上げたら……私はきっと一生恨まれる。

もう親子ではいられない気がした。


「怜菜、佐為君は真面目な奴だ。心配するようなことにはならんさ」

「……本当でしょうね?」

「ああ」

「……」


結局、しばらく様子を見ることにした。

この会議を開いた時、佐為君は13歳だった。

17歳に成長した雑誌の彼を改めて見る。

確かに……いい男に成長している。


「あ、そういえば社長の娘さんもプロ棋士ですよね?娘さんからサイン頼んでもらって下さいよ〜〜」

「そうねぇ…」

「お願いしますぅ」


私はプロ棋士の妻だけど、囲碁には興味がない。

夫の後援会の集まりにももちろん顔なんか出さないし、タイトルの授位式に出たこともない。

だから知らなかった。

次の十段戦に挑戦するのが――佐為君だったなんて。









私が彼に数年ぶりに再会したのは、娘が高校に入ってすぐのこと。

忘れ物をして家に取りに帰ると――見慣れない男性ものの靴があった。


(佐為君来てるのね…)


彼はいつも私達夫婦の留守を狙ってやってくるらしい。

今頃二人が裸だったらどうしようかしら……

そんなことを考えながらダイニングのドアを開けようとしたら、中から声がして、私は開けるのを止めた。


「佐為…大丈夫?」

「……うん」

「何か食べる?」

「いや、いいよ…」

「……そう」


体調でも悪いのかしら?

しばらく二人の会話を聞いていると、その意味を理解した。

どうやら佐為君は夫との十段戦のプレッシャーに押し潰されそうになってるらしい。


今まで2勝2敗。

もし次勝てば七大タイトルで史上最年少タイトルホルダーとなる。

囲碁に詳しくない私でも、それがいかにすごいことなのか分かる。

もちろんメディアの注目度も尋常じゃなく、今日のお昼のワイドショーでも特集を組まれていた。

(土浦が社長室のテレビで食いるように見ていた)



「無理しないでね…」

「精菜…」

「終わったら、キスしてあげるから」

「はは…キスねぇ」

「何よ、不満なの?」

「…ううん、いっぱいしよう」



……なぜだろう。

娘と佐為君の会話をしばらくドア越しに聞いていて……私は心の中にずっとあった不安が無くなっていくような気がした。

この二人なら大丈夫だと。

信じてあげようと思ったのだ。

そのくらい信じ合っていて…お互いを助け合っている、私達夫婦にはない理想の関係のように思えた――







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