●REINA 2●
カチャ
私がダイニングのドアを開けると、二人が振り返った。
「お、お母さん…お帰りなさい。早いね…どうしたの?」
娘は慌てていた。
「ちょっと忘れ物を取りに来ただけよ」
チラリと佐為君を見る。
「お久しぶりです。お邪魔してます…」
と彼は彼女の母親である私に全く臆せず挨拶してきた。
中2から社会人である彼は、普通の高校生にはない落ち着きがあった。
挑戦者にまで上り詰めた男の貫禄も。
そしておそらくこのまま最年少タイトルホルダーの名声をも手に入れると思われるオーラも――
PCにささったままのUSBメモリーを引き抜いた後、私は棚に置いてある予備の色紙を取り出した。
サインペンと一緒に彼に差し出す。
「私の秘書がファンみたいなの。サイン書いてあげてくれる?」
「分かりました。名前は…」
「土浦よ」
「土浦さんですね」
私から受け取った彼は、慣れた手つきでサラサラと色紙にサインし出した。
おそらく今まで数えきれないくらい書いてきたんだろう。
「どうぞ」
「ありがとう…」
私は娘に「会社に戻るわ」と告げ、彼に「じゃあまたね、ごゆっくり」と言って部屋を出ていこうとした。
ドアノブに手を掛けたところで…立ち止まる。
私は振り返らずに彼にもう一言だけ付け足した。
「佐為君、精菜をよろしくね…」――と。
「はい…」
「十段戦、頑張って」――と。
「…ありがとうございます」
敢えて振り返らずに、そのまま部屋を後にし、会社に戻った。
「ただいま」
「あ、お帰りなさ〜い」
「はい、お土産」
「…え?ええ?!しゃ、社長ここここれって…!!」
彼のサインに土浦は発狂していた。
一週間後。
佐為君は周囲の期待通り第五戦に勝利し、最年少タイトルホルダーとなった。
その晩、精菜は無断外泊した。
翌日の夕方になってコソコソ帰ってきた娘を、私は叱らなかった。
その代わり、
「佐為君におめでとうって伝えておいて」
と言った。
5年後。
土浦は出社するなり
「社長!!これどういうことですか?!」
と私のデスクにバンッと週刊誌を広げてきた。
そこに書かれてあった記事は
『進藤名人熱愛発覚!お相手は緒方女流棋聖!近日中に結婚へ』
というもの。
「緒方女流棋聖って社長の娘さんですよね?!一体どういうことなんですか?!」
「どうって…その記事の通りよ」
「じゃあじゃあ、もしかして進藤佐為が社長の義理の息子になるってことですか?!」
「そうみたいねぇ…」
「ええええーー?!」
土浦はまた発狂していた。
私達夫婦の元に、佐為君が結婚の挨拶に来たのはほんの数日前のことだ。
週刊誌は仕事が早い。
いや、遅すぎるか?
なぜなら二人が付き合い始めてから既に12年が経っているのだから。
今まで隠し通せたことが奇跡に近い。
「そうそう。私6月に一週間ほど休暇取るから」
「…え?」
「娘の結婚式で」
「ええええーー?!」
昔、まだ9歳の娘に私は言った。
『好きな人といい家庭を作ってね』――と。
あの時も今も、娘の好きな人はずっと同じ人。
あの時別れさせなくてよかったと、今は心から思う。
大事な大事な私のたった一人の娘、精菜。
どうか佐為君といい家庭を作ってね――
―END―
以上、精菜の母・怜菜さん視点の十段戦前後あたりのお話でした〜。
怜菜さんはマーケティング会社を立ち上げている女社長さんです。
従業員数は200名くらい。
新宿の高層ビルのワンフロアにオフィスを構えています〜。
もちろん就活時期になると採用面接もします。最終面接のみね。
新卒の大学生の男の子達より、きっとこの17歳の佐為の方がよっぽど落ち着いて見えたものと思われます。
秘書の土浦さんは30前後くらいの設定で。
彼氏もいるけど、とにかくイケメンが大好き!アイドルのコンサートとかもしょっちゅう行ってるらしいですw
佐為はヒカルと違って字もとっても綺麗なんですよ。
サインもきっと達筆なんでしょうねw(笑)