●PROPOSE 1●
「なぁ進藤、来月の17日って予定空いとう?」
「17日?」
西条が久しぶりに僕の家に打ちに来た。
盤面も終わりに近付いたところで、突然言い出す。
僕は中座してリビングの机に置いてある手帳を取りに行った。
来月の17日、日曜日。
上手い具合に何も予定はなかった。
「空いてるよ」
「良かった。式挙げよう思てんねん。進藤も来てな」
「何の式?」
「結婚式に決まっとうやん」
…………。
「は?!結婚式?!誰と誰が?!」
「俺と奈央が、に決まっとうやん」
「金森さんと?!」
「他に誰がおんねん…」
確かに西条は僕らが中1の時から金森女流と交際している。
西条の彼女への本気度を知った僕は、長く続くといいなと当時から応援していたが、本当に長く続いていた。
もう10年目?
ついに結婚を決めたらしい。
「デキたとか?」
「んなヘマせんよ。普通にプロポーズして、普通に結婚するだけ」
「へぇ…」
「あ、でも苗字は変わるかな。俺婿養子に入んねん」
「ああ…金森さんて結構いいとこのお嬢さんだもんな。旧華族だった?」
「そやね」
「お前の親は別にいいって?」
「俺三男やしな」
「そうなんだ?」
「ほなけん、俺来月から西条で無くなるけん、進藤も俺のことファーストネームで呼んでええんよ?」
「…遠慮しておくよ」
「えー?俺ら親友やろ?名前で呼ぶんや普通やん。な、佐為君?」
「どうせずっと旧姓で手合いは出るんだろ、西条君?」
「うー…まぁそうやけど〜」
ま、とにかく結婚式には来てな、ということだけ言って、西条は一局打ったら帰って行った。
準備で忙しいんだろう。
結婚かぁ……
確かに僕らはもう22だ。
同級生の中でも早い人は何人か結婚している年齢だろう。
もちろん僕にだって結婚したい人はいる。
僕が小5の時からずっと交際している、最愛の恋人――緒方精菜。
今日も夕飯を作りに来てくれることになってるので、もうすぐ来る頃だろう。
精菜は今ハタチ。
結局大学には行かず、今は棋士一本の生活だ。
母にも勝ったことのある彼女は、現在七段の女流棋聖。
彼女の恋人であることはすごく誇らしい。
でも……結婚したいけど出来ない理由もそこにある。
きっと精菜は僕と結婚したら、棋士を辞めるつもりなんだ。
だから僕は結婚を躊躇っていた。
やはり勿体ないと思ってしまうのだ。
あの母に勝つくらいの棋力があるのに、それをあっさり手放してただの主婦になるなんて勿体ない。
でも、僕が自分の健康管理もしてくれるような人を妻に迎えたいと思ってることも事実なのだ。
僕は両親みたいな永遠のライバル関係な夫婦像を望んではいない。
棋士の僕を傍で支えてくれる、例えば祖母のような人を望んでいる。
精菜もそれには気付いていて、だからこそ寿引退するつもりなんだろう。
辞めてほしくないのに、辞めてほしい。
僕は一体どうすればいいんだろう……
カチャ
カギが回る音がした。
合カギを持ってる彼女。
「佐為〜来たよ〜」と笑顔でリビングのドアを開けてきた。
「あれ?誰か来てたの?」
ダイニングテーブルに置かれたままのコーヒーカップを見て、精菜が聞いてきた。
「西条が来てたんだ。一局打ったらすぐ帰ったけど」
「へー」
「来月結婚するらしいよ、金森さんと」
「…へー」
「西条って三男なんだってな。だから婿養子に入るらしいよ」
「……へー」
精菜がキッチンで夕飯を作り出した。
今日の夕飯は何だろう?
精菜は今ではすっかり料理が上手い。
実家の家政婦の楠さんとおそらくいい勝負だろう。
待つこと一時間、出来上がったところで「「いただきます」」と一緒に食べ始めた。
「精菜、今日は泊まっていける?」
「うん…いいよ。明日オフだし」
「そうなんだ。僕は明日から長野だから、昼前には出発するよ」
「十段の第三局だよね。頑張って…」
「うん…?」
さっきからちょっとテンションが低い精菜。
きっとさっき西条の結婚話をしてしまったからだ。
精菜はなかなかプロポーズしてくれない僕に、おそらく業を煮やしているんだ。
不安になってるのかもしれない。
僕はどうすればいいんだろう……
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