●WILLFUL PRINCE 3●


「塔矢さん肌キレイねぇ」

「ホント、うらやましすぎ〜」

「……ありがとうございます」



今日から3日間開催される囲碁ゼミナールを手伝いに、僕は他の若手棋士大勢と会場であるこの蔵王温泉に来ていた。

今日の公式の予定は全て終了。

あとは夕食を食べて、眠るだけ。

夕食の時間までには少しあったので、僕は同室の桜野さん、奈瀬さんと一緒に温泉に入ることにしたんだ。

で、今のようなことを言われてしまったわけ。


「前からキレイだと思ってたけど、最近一層輝きを増してるわよね。肌が潤ってるっていうか―」

「そう…ですか?」

「ええ、いいエッチでもしてるの?」

「は?」


桜野さんにサラッとそんなことを言われてしまい、僕は一気に顔が真っ赤になってしまった。


「あら、図星?」

「そそそそんなことはっ」

「えー、塔矢って彼氏いたのー?誰、誰〜?進藤?」




ぎくっ



奈瀬さんが鋭い所をついてくる。

確かにエッチの相手は進藤なんだけど…。


でも――

「いえ、別に進藤とは付き合ってません」

「あれ、そうなの?和谷があんた達二人は深い関係っぽいこと言ってたからさー。でも違うんだ?」

「違います…」

少し声色を落としてそう言うと、桜野さんがふふっと笑った。

「でも塔矢さんは進藤君のこと好きなのね」

「え?そうなのっ?!」

「……」


どうなんだろ…。

好きなのかな…?

確かに体を合わせることは好きだけど…

彼に甘い台詞を囁かれることも好きだけど…

でももし彼に正式に告白されたら……僕は喜んで付き合うと思う。

それって…もしかして好きってことなのかな…。


「でも…進藤は僕のことは別にどうも思ってないと思います」

彼が好きなのは悪魔で僕の体。

性欲処理の出来る僕の体。

それが悪いって言ってるわけじゃないよ?

だって僕だっていい思いさせてもらってるもの。

世の中はギブ&テイクだ。


「やだ、んなわけないじゃん!進藤って明らかに塔矢狙いだもんっ」

「私もそう思うわよ。進藤君、最近ずっと彼女いないみたいだし。それって本命がいるってことでしょ?」

「そうそう、あの進藤が作らないなんて今までありえなかったし」

「……」


それは…単に僕が彼の処理の相手になってるから。

僕、この前ついに聞いたもの。


「進藤は彼女作らないのか?」


って―。

そしたら彼は眉間にシワを寄せてこういってきたんだ。


「…彼女なんていらねぇよ。欲求不満はオマエで解消されるし―」


ってね―。

進藤が彼女に求めることはアレだけ。

どうやらそれ以外の付き合いはあまり好きじゃない…というか面倒くさいらしい。

進藤は特に遠征が多いし、若手だからあちこちのイベントの手伝いにも駆り出されるし、でも日々の鍛練も欠かせないし、その上手合いがある日はほぼ1日潰れるし…で忙しくて彼女に会う時間はなかなか持てないらしい。

そしてあんまり会わなさすぎたら彼女達は不満を言って来るらしく、それゆえ貴重な休みがそれで全て潰れてしまうんだって。

進藤にはそんな付き合いがウザいらしくて……僕が相手をしてくれるなら彼女なんて必要ないと言ってきた。

でもそれって……僕ともそんな付き合いはしたくないってことだよね。


あれ?

でも彼は映画行こ〜とかデートしよ〜とか結構誘ってくるぞ?

「そんなことしてる暇があったらもう一局打とう!」

と断ってるのは僕の方だ。

うーん…やっぱり進藤って矛盾してる。




「―もう時間だね。そろそろ出よっか」

「夕食楽しみ〜」


僕たち3人は温泉を出て、一度部屋に戻った後、夕食の会場である大広間に向かった。

時間が開始ギリギリだったので、もう皆ほとんど集まってる。

席は自由みたいなんだけど…空いてるのは―。


「ね、塔矢。進藤の前のあたりちょうど2席空いてんじゃん。和谷達もいるし、私達はあすこにしよ!」

「え?」

奈瀬さんが僕の手を引っ張って、そのテーブルに向かい始めた。

桜野さんは仲のいい九星会の友達のテーブルにさっさと行ってしまっている。


「和谷〜、ここ座っていい?空いてるんでしょ?」

「いいぜー、ていうかお前らの為に空けといたんだよ」

「ホント?気が利くじゃん」

和谷君の前に奈瀬さんが座り、進藤の前に僕が座った。

進藤は右隣りに座ってる女流の人と話し込んでたけど、僕が座ったら一瞬だけこっちを見て――微笑んでくれた。

ちょっと嬉しくて胸がきゅんとなる。

だけど夕食会が始まっても進藤はひたすら女性に囲まれていたので、僕は一言も話せずじまいだ。

ほんの1メートルちょっとしか離れてないのに…すごく遠く感じる。

進藤は若手棋士の中じゃ(僕以外では)敵ナシの実力で、10代のうちに7大タイトルの1つぐらい取るのでは?ってぐらい有望視されてることもあってか、かなり女性棋士の間でも人気がある。

あの容姿だし、今は彼女ナシと豪語してるだけあって、この機会に…と構ってくる人が後をたたない。

進藤の方も付き合いは嫌いなものの、女性自体は大好きみたいで、さっきから笑顔で楽しそうに対応している。


正直……つまんない。


「ねー和谷。最近塔矢ってキレイになったと思わない?」

「えー?前から美人じゃん」

「そうだけど、増々キレイになったと思うのよ。ね?伊角クン」

「そうだな。彼氏でも出来た?塔矢」

「え?は?あ……いえ」

いきなり奈瀬さんが僕のそんな話題を持ち出して、少し顔が熱くなった。


「でもねー、好きな人はいるのよね、塔矢?」

「えっと………」

どう答えたらいいのか返答に困っていたら、奈瀬さんが更に大きな声で発した。

「進藤っ!塔矢ね、好きな人いるんだって!」

その瞬間、進藤を取り巻いてた人達がシーンと黙り、彼が僕の方に顔を向けた。


「ふーん……誰?」

和谷君が進藤に怪訝そうな視線を向けた。

「誰?」

低い声色でもう一度聞いてくる。


「……別に。今は囲碁の方が大事だから…そんな人…―」

「やだっ、それ塔矢さんっぽい」

クスっと進藤の隣りにいた女性が笑った。


「…じゃあ後で一局打つ?」

「あ…、うん」

進藤が笑顔で僕にそう言ったので、周りの女性達が目を見開いた。

「し、進藤君っ!私とも打ってよ!」

「ていうか、この後部屋に遊びに来ない?」

「塔矢さんとはいつでも打てるじゃないっ」


皆必死の様子。

だけど進藤は僕を選んでくれた。


「ごめんなさーい。オレ一日一回はこいつと打たないと生活リズムが狂って。今日はまだ打ってないし―」

「もー。じゃあ東京帰ったら私とも打ってね?」

「いいですよー。いつでも」

その後また進藤はその人達と楽しそうに話し出した。


「塔矢……ごめん」

奈瀬さんが小声で謝ってきた。

「…いいですよ別に。僕は進藤のことをライバルとしか思ってませんから…」

「塔矢…」


進藤…。

もし今、僕がキミのことを好きって言ってたら…キミはどうした?

本当はね…僕はもうキミのことをただのライバルだなんて…思えない―。

キミは…どう思ってる?











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