●PASSPORT●





お兄ちゃんと精菜がハワイで挙式をすることに決めたらしい。

パスポートを持ってなかった私は、急遽昼から作りに行くことにした。



「京田さんは持ってるんだよね?」

「うん」

「見せて見せて〜〜」


午前中は京田さんちでいつも通り過ごしていた私。

出かける前に実物を見せて貰った。


「赤色なんだね」

「彩ちゃんはどっちにするの?」

「んとね…」


ハタチ未満は5年用の紺色と決まってるけど、ハタチを過ぎると10年用の赤色のパスポートも作ることが出来るらしい。

でも私は迷わず5年用を選択した。


「5年にする」

「そうなんだ?」

「だって、5年後も『進藤』の可能性低いし……」


チラリと京田さんの顔を見た。

「あ……なるほど」と少しだけ頬を赤くして納得していた。

もちろんパスポートは改姓することも出来る。

でも私としては、結婚後は新しい名字のパスポートに作り直したいからだ。

(5年以内には流石に京田さんもプロポーズしてくれるよね?!)


京田さんのパスポートをパラッと捲る。

そこには4年前の、21歳の時の彼の写真が印刷されていた。

そう、私達が付き合い始めた頃の彼だ――


「今よりちょっと若いね…」

「そう?」

「うん」


毎日会ってると気付かないけど、写真で見比べると違いがよく分かる。

(どっちの京田さんも最高にカッコいいなぁ♪)

パラパラとページを捲ると、意外とスタンプが少ないことに気付いた。

最近は国際棋戦にもまぁまぁ出かけているのに、その形跡は思いの外少ない。

首を傾げていると、

「最近は皆、自動化ゲート利用してるからスタンプは無いんだよ」

と教えてくれる。


「え?そうなの?」

「うん。日本の出入国はもちろんだけど、韓国も台湾もeゲートだからかなり便利だよ」

「へー、そうなんだぁ」

「中国は相変わらず対面での入国審査があるけどね」

「だから中国のスタンプばかりなんだね」

「そういうこと」


中国ばかりの中に、一つだけ英語のスタンプもあった。


「これは?」

「アメリカのスタンプだよ。去年いとこの結婚式でニューヨークに行ったから」

「あ……そういえば行ってたね。じゃあ今度ハワイ行ったら、同じスタンプ押して貰えるのかな?」

「そうだね」

「へー!楽しみ♪」


でも、それより一番の楽しみはもちろん、京田さんと一緒にハワイに行けるということだ。

お兄ちゃんと精菜のハワイでの結婚式は、親と弟妹しか呼ばない超プライベートな挙式だ。

でもお兄ちゃんの中では既に京田さんは兄弟と同等らしく、研究会の時に

「京田さんも6月の二週目は予定空けておいて下さいね」

と普通に誘われたらしい。


(お兄ちゃんナイスー!!)


だからもう楽しみで楽しみで仕方がない。

もちろん初海外にちょっとは不安はあるけど、家族皆一緒だし、何より英語ペラペラな京田さんが一緒なので、もう怖いもの無しだ。


「よし、そろそろ行こ!」

「そうだな」









戸籍謄本もいるとのことで、先に区役所に寄ってから池袋に向かった。

初めてのパスポートセンター。

ドキドキしながら申請した。


「出来上がりは一週間後だって。楽しみ♪」



帰り際にショッピングモールの鞄屋さんも覗いてみた。

もちろん大きめのスーツケースを見てみる為だ。


「3泊5日だけど結婚式用のドレスも靴もバッグも持って行くしなぁ…。あとお土産をどれだけ買うかによるよね…」

「まぁ大は小を兼ねるから。大きめの買っておけば?」

「そだね。京田さんはニューヨークに行った時のがあるんだっけ?」

「うん、かなり大きいよ。えっと…このサイズかな」


7泊以上用の一番大きいサイズのスーツケースだった。

こんなサイズのスーツケースを一緒に選んでると、まるで私達が新婚旅行に行くみたいでドキドキする。

そういえばお兄ちゃん達は新婚旅行も兼ねてるらしい。

だから私達より長く、6泊8日の日程らしかった。


ちなみに精菜から「今はまだ一応子作りセーブしてるの」とこっそり教えて貰った。

でもってこの旅行で解禁することも。

(旅行中はなるべく二人の部屋に行かないようにしないとね〜)








スーツケースを買って帰路に着きながら、私は京田さんの腕に手を絡めた。


「楽しみだね〜」

「そうだな。進藤君と緒方さんの門出を皆で祝ってあげよう」

「そうだね」


でもって幸せを分けて貰おう。

私も京田さんと早く結婚出来ますように!









―END―









以上、パスポートを申請した日の彩と京田さんの1コマでした〜。
彩は初めての取得らしいです。
まぁ進藤家は家族旅行なんて基本しないし、彩は国際棋戦にも縁ないしね。

リアルでは国際棋戦はオンラインに変更になってるみたいですが、FEMALEの世界はコロナは無いので〜(笑)
北斗杯みたいに相変わらず集まって打ってるという設定で。

一方の京田さんは幼少の頃から外国に行きまくってるので、パスポート何冊目なんでしょうかね。(5冊目?)
ちなみに去年いとこの結婚式で〜と言ってましたが、そのいとことは尾行話に出てきたサラちゃんのことですよ★
母親(撫子さん)の実家がかなりのお金持ちな隠れセレブな京田さん。
ニューヨークまでも普通にビジネスクラスで行って、滞在ホテルもパークハイアット(1泊10万)だったらしいですよw

もちろん京田さん自身は庶民感覚なので、
「焼肉食べに行こうぜ!」
と毛利君にソウルに誘われた時もLCCに安ホテルを利用したそうですよ。




〜〜おまけ(京田視点)〜〜



「見てもいい?」

「いいよ〜」


彩ちゃんがパスポートの申請書に記入している間、机の上に置かれていた彼女の戸籍謄本を見させて貰った。

当たり前だけど、一番上は進藤先生で。

その次は奥さんの塔矢先生。

塔矢先生の父親の欄には塔矢行洋名誉名人の名前がしっかりと記載されていた。

(当たり前だけどすごいな…)

塔矢先生の下は進藤君だったけど、結婚した為もちろん《除籍》と記されている。

その下が彩ちゃん。

そして双子の弟、妹と続く。



彩ちゃんが記入しているのは5年用のパスポートの申請書だ。

短い方にしたのは、5年後も『進藤』である可能性は低いから…らしい。

つまり、5年以内には結婚したいから。


「……」


つい先日進藤君が抜けたばかりのこの戸籍から、彩ちゃんが抜けるのはいつになるんだろう。


「書けた♪じゃ、申請してくるね」

「うん…」


彩ちゃんがご機嫌に窓口に向かった。

パスポートセンターじゃなくて、いつか一緒に区役所の窓口に婚姻届を出しに行けたらと、もちろん思う。

出来ることなら…5年と言わず1年以内に――

(進藤先生許してくれるかなぁ…)


彩ちゃんが窓口から戻ってくるまで、俺はひたすら近い将来について考えていたのだった――



―END―