●PARTNER 1●
「塔矢アキラって美人だよなー」
「一度は付き合ってみたいよなー」
周りの男は皆口を揃えてそう言うけれど、オレはそうは思わなかった。
素のアイツを知っていたからかもしれない。
恐くて冷たくて、ちっとも可愛いげのない、ただの囲碁バカ女だってことだ。
そもそもアイツみたいなクールビューティーはオレの好みじゃなかった。
だからオレはずっと彼女を恋愛の対象から外していた。
外していたからこそ………今までこのライバルの関係を続けることが出来たのかもしれない。
「…進藤?」
「…ごめん。今日調子悪い。帰るよ」
「え?」
だけど、オレにもついにこの時がやってきた。
今日、不覚にも塔矢のことを『可愛い』と思ってしまったのだ。
思ってしまったが最後、さっきからずっと胸のドキドキが止まらなくて、打ち損じの連発。
ミスの連続。
オレは逃げるように囲碁サロンを出ていった―――
事の始まりは今日の塔矢の遅刻にある。
そう――遅刻だ。
この時間に煩い女が1時間も遅刻。
何かあったのか??まさか事故??…と少し心配になった。
「ごめん…寝坊した」
「……は?」
が、やってきた塔矢の口から出た言い訳は的外れなもの。
寝坊…?
塔矢も寝坊なんてするんだな…と少し感心したり。
でもって寝坊で遅刻した負い目があったからか、今日の塔矢は一日大人しかった。
気持ち悪いぐらいに。
「あれ?オマエもしかしてスッピン?」
「あ…うん。キミからのメールで飛び起きて…慌てて準備して出てきたから…」
スッピンどころか髪も少し跳ねていた。
それを隠すように長い髪を後ろで一つに束ねてポニーテールにしていた。
久しぶりに見る素顔。
初めて見る髪型。
ちょっと新鮮で、意外で、もっと彼女が知りたくなった。
初めて彼女の囲碁以外にも興味を持てた気がした。
「アキラ君、進藤君、ケーキどうぞ〜」
一局打ち終わると、受付の市河さんがケーキとコーヒーを差し入れしてくれた。
いつものこと。
甘いものが苦手な塔矢がそのケーキを半分残すのもいつものこと、だったんだけど……
「あれ?珍しいじゃん。完食するなんて」
「え?あー…お腹空いてたから」
「オマエでも腹空くんだ?」
「あ、当たり前だろう!」
クスッと笑うと、彼女の顔は真っ赤に染まった。
でも何かを発見したのか、すぐに真顔に戻って…オレの口元に手を伸ばしてきた。
「クリーム付いてる…」
「え?」
指で取ってくれて、その指をそのままペロリ。
その仕草が妙に色っぽくてドキッとなった。
「…何か、今日のオマエ…変」
「変?どこが?」
「いつもの塔矢じゃない…」
「いつもの僕ってどんなの?」
「いつもはもっと恐い…じゃん」
「キミが僕を怒らせてるだけだろう?」
「う…」
確かにそうなのかもしれない。
でも何か…調子狂うよなぁ。
いつもみたいに怒ってほしい。
怒らせてみようかな?
「なぁ塔――わっ???」
立ち上がろうとしたその時。
変にバランスを崩して、思わずコケそうになってしまった。
そんなオレを咄嗟に助けようと手を出してきた塔矢。
お陰で支えられて、何とか持ちこたえたわけだけど……
「………」
「………」
まるで抱きしめあってる体勢になってしまって、オレも塔矢も固まってしまった。
柔らかい女の子の体。
塔矢ってやっぱ女なんだな…なんて、今更なことを思ったり。
「あの…大丈…夫?」
上目遣いで顔を覗き込まれて、またまたドキッ。
慌てて離れた。
「あ…ああ、サンキュー。ごめんな、はは…」
「ううん…」
オレの顔も赤かったけど、塔矢の顔も真っ赤だ。
ちょっと……可愛い……かも?
――――はい?!
か、可愛い??
この塔矢が??
ありえねぇぇっ!!
目を覚ませオレ!!
しっかりしろオレ!!
「進藤…?」
「な、なんでもない。打とうぜ」
「うん」
でも、一度意識してしまったが最後、ずっと胸のドキドキが止まらなくて。
打ち損じの連発。
ミスの連続。
オレは逃げるように囲碁サロンを出ていったのだった―――
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