●OUTPATIENT QUALIFYING 2●
翌日、外来予選2日目が始まった。
今日の午前の対局は元院生の20歳。
去年は本戦まで進んだ人らしい。
伊角先生と同じ九星会出身。
確かに昨日打った二人よりは棋力は上。
尤も、僕の敵ではないけれど――
「…く…」
厳しい一手を打った後、しばらく長考していたが、やがて「ありません…っ」と頭を下げてきた。
「ありがとうございました」
僕が誰よりも早く休憩に立ち上がると、何人かが顔を上げてきた。
項垂れる対局相手に憐れみの目を向けていた。
「進藤君、もうお昼ですか?」
「あ、はい」
白川先生が控え室に入ってきたので、僕は慌てて立ち上がった。
「順調そうだね」
「ありがとうございます…」
「院生の子達も君との対局を楽しみにしてるからね。頑張って」
「…彩は、妹は、院生ではどんな感じですか?」
「うん、他の子達とも上手くいってると思うよ。何より最近は1位が続いてるしね、自信がついてきたみたいだよ」
「そうですか…」
「上位の京田君や柳君との勝率も7割を超えてるんじゃないかな。ああ…緒方さんが休みの時は彼らとお昼も一緒に取ってるみたいだね」
「精菜は…、緒方さんはどうですか?休みがちなんですよね?」
「出てきた時は全勝してるけどね。でも月に2回以上休まれると否応なしに順位は落ちていく。おそらく…」
おそらく――予選免除にはならない。
合同予選に出てくる。
つまり、僕と予選で戦うことになる。
「そうですか…」
「進藤君は緒方さんともよく打ってるんだってね」
「そうですね…打つことは打ってます」
「勝率は?」
「……」
勝率は10割。
精菜に負けたことはない。
でもそれは精菜が本気で打ってないから。
本気で勝ちに来ないから。
一度でいいから精菜と本気で戦いたい。
戦ってみたい――
「…白川先生、どうしたら本気の緒方さんと対局出来ると思いますか?」
夕方、今日の対局を終えた僕は自宅に戻った。
「お帰り〜」とリビングで哺乳瓶で弟にミルクを飲ませている父。
「今日はどうだった?」
「まぁまぁかな」
「後で検討するか?」
「うーん…別にいいかな。それより一局打ってよ」
「いいぜ〜。もう少しで飲み終わるから、ちょっと待っててくれよな」
「また呼びに来て」
「ああ」
二階の自分の部屋に行き、ベッドに倒れこんだ。
昼からの一戦も余裕の中押し勝ちだった。
これで4勝。
あと5戦。
何がなんでも勝つ。
勝って合同予選に進む。
そして――
コンコン
「佐為〜打とうぜ〜」
「あ、うん。今行く」
一階に戻り、僕は和室で父の前に座った。
「「お願いします」」
父と打つ時はいつもニギらない。
僕が先手、黒だ。
今日の一局目と同じ、僕は右上スミ小目に石を差した。
「…佐為、今日なんかあった?実は負けた?」
父が打ちながら尋ねてくる。
「まさか。二局とも中押し勝ちだよ」
「ふーん。じゃあ、何?」
「どうして?」
「さっきから怖い顔してるから」
アキラみたいだぞ、と言われて思わず頬を触ってしまった。
「…白川先生に」
「白川先生?ああ…プロ試験の立会人してるんだっけ?」
「うん。白川先生に、精菜の院生順位を聞いたんだ」
「ふーん、精菜ちゃん今何位なんだ?」
「10位。でも来月はもっと落ちるだろうって…」
「10位?!彩が1位なのに?」
「研修休んでるから…」
「ったく、緒方先生いつまで精菜ちゃん振り回してんだよ」
「……」
「で?精菜ちゃんの代わりにお前が落ち込んでんのか?」
「そうじゃなくて、予選免除は10位までなんだ」
「あ。じゃ、次の予選で精菜ちゃんと当たるわけか。何?精菜ちゃんと戦いたくないわけ?」
「逆だよ…」
戦いたい――本気で。
『…白川先生、どうしたら本気の緒方さんと対局出来ると思いますか?』
『それは聞く相手が間違ってると思うよ』
『え?』
『ご両親に聞いてみるのが一番じゃないかな』
僕の両親。
夫婦でありながら一番のライバル。
僕と精菜は……
「お父さん、精菜と本気で戦うにはどうしたらいいと思う?」
「……」
「精菜はいつも僕や彩に遠慮してる。合わせてるんだ。相手に気付かれない程度に手を抜いてる。もしかしたら僕より強いかもしれないんだ」
「……」
「どうやったら本気で打って貰えるんだろう。僕にはそれが分からない…」
「佐為……」
――じゃあ、こうすれば?――
父の提案に、僕は頭を上げた――
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