●DO-SHITSU 1●
本当に軽い気持ちで行ったんだ。
ちょっと顔だして、遊んで帰るつもりだった。
――なのに
あんな光景を見てしまって―
ショックだった…
どうすればいいのか分からず――そのまま帰った――
「塔矢、ちょっと和谷の部屋行って来る」
「分かった。でもあまり長居するなよ。帰って来たら僕と一局打とう」
「おぅ」
今、オレたちはイベントの手伝いで伊豆の旅館に来ている。
温泉はあるし囲碁は打ち放題だし、若い棋士が大勢いるから修学旅行か部活の合宿みたいですげー楽しい。
部屋は2人ずつで分けられていて、オレは塔矢と一緒だ。
そして今向かってる和谷の部屋には伊角さんがいる。
今日はもう用事はすべて終わったし、後は寝るだけだ。
まだ8時過ぎだし、和谷の部屋でちょっとダベってから塔矢と打って寝よう。
そう思ってたのに――
ピンポーン
「和谷〜遊びに来たぜー」
しーん
出て来ねぇな…。
おかしいな…さっき皆で温泉に入った時には、もう後は部屋に居るみたいなこと言ってたのに…。
どこかに買い出しにでも行ったのかな…。
ドアのノブに手をかけてみると――開いていた。
普通はオートロックなのが一般的だけど、このオレ達が泊まっている別館はまだそこまで改修されてなかった。
「和谷〜、いるの?」
襖が閉じられていて、奥の部屋は見えなかったけど、明かりは点いてるし、かすかに声も聞こえる。
やっぱりいるんじゃないか。
「和谷ー?」
襖に手をかけた時、変な声が聞こえた。
「―あ…っ…」
あ?!
何だ、今の色っぽい声は!
中で何してるんだ?!
恐る恐る襖をちょっと開けてみた――
「―ん…っ、あ…和谷…」
「…伊角…さん―は…ぁ…」
バタン
何…今の…。
すぐ閉めちゃったからあんまし分かんなかったけど…
二人が…
和谷と…伊角さん…が…
ヤって…
かぁぁ
一気に顔が熱くなるのが分かった。
急いで走って部屋を出た。
何やってんだよ、あの二人!
あんな所で!
こんな時に!
バタンッ
「進藤…?」
「ぜぇ…ぜぇ…はぁ…」
いやに早い帰りに塔矢が驚いている。
「どうしたんだ?そんなに息きらして…」
「な、何でもねーよ!」
塔矢が更に不穏な顔をする。
「顔が赤いよ?熱でもあるんじゃないか?」
そう言っておでこに近付けてきた塔矢の手を急いではらう。
「触んな!大…丈夫…だから」
「…分かった」
ちょっとムッとしたように塔矢は座っていた場所に戻って行った。
今触られたら…ヤバい…。
「ちょっと…トイレ入るぜ」
「どうぞご勝手に」
冷たく返事が返ってくる。
くそっ
和谷達のせいだ!
あんなことしてるから!
走ってきて…息が上がって…更に興奮してる自分が分かる…。
今…塔矢に触られたら…ヤバい…。
塔矢に対する自分の気持ちなんて、とうの昔に分かってる。
ただのライバルじゃない…。
友達でもない…。
オレは…塔矢が――好きなんだ。
だから今この状態で無防備に触れられたら―…きっと抑えがきかなくなる。
塔矢を傷つけちまう。
早く熱を出しちまおう…。
念入りに自分のものを手で慰め始めた。
「―…は…ぁ、…塔…矢…―」
先ほどの和谷達の光景が頭のすみで過ぎった――
伊角さんが…下なん…だ。
初めて見る友達の別の一面に…驚いた。
あの二人…いつからあんな関係なんだろう…。
ちっとも気付かなかった。
和谷も…一言も話してくれなかった…。
それなりにエッチな話もしてたつもりだったのに―。
―あ、でもオレも…塔矢のこと話したことねぇや…。
明日からどんな顔して二人に会おう…。
普通に出来るか…な。
「…ぁ…っ」
ようやく熱が出て、落ち着いてきた。
トイレから出ると、塔矢はお茶を飲みながら今日の棋譜整理をしていた。
「あー…塔矢、さっきはごめん…。ちょっと腹の調子が悪くてさぁ。早くトイレに入りたかったんだよ」
「もう大丈夫なのかい?」
心配そうな顔で振り返ってくれた。
そんなにバカ正直に信じられても…。
「うん、もう平気。出すもの出したらスッキリしたぜ」
「そう…」
ほっとしたようにまた目を棋譜に向けた。
「そういえば和谷君達はいいの?ずいぶん早く戻って来たみたいだけど…」
「あー…、いいんだよ。オレがいたら邪魔だろうし」
「どういう意味だ?」
「いや、こっちの話」
ははは…と笑ってごまかす。
「…じゃあ僕と打ってくれる?」
「いいぜ」
塔矢が少し笑って、碁盤の用意をし始めた。
「ニギるよ?」
「あぁ」
こいつってホント、囲碁ばっかだよなぁ…。
オレの気持ちにも気付け!って感じだぜ。
今こうやって向かいあってるだけでも、何かおかしくなりそうなのに…。
この浴衣がいけないのかな…。
浴衣の隙間から見える塔矢の肌が気になって仕方がねぇ…。
お風呂上がりでまだかすかに濡れてる髪も…すんげぇ綺麗…。
「僕が先盤だね。お願いします」
「あ、お願いします」
いけね、今は碁に集中だ。
こいつってすげー鋭いから、オレが集中してないで打ってると、すぐ見抜いてくるんだよな。
んで怒られる。
僕との対局途中に違うこと考えるな!とか。
何だそれ…。
オレが何考えてるか全然分かってないくせに。
嬉しそうに打っちゃって…まぁ。
こいつを――碁以外のことで喜ばしてみてぇ…。
―でも
少しでも触ると自滅確実。
それからは警戒されて、今まで築き上げたものが全部崩れちまうんだろうな。
それだけは避けたい…。
だから触らない。
何もしない。
今日もこのまま終局して、眠って、終わりだ!
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