●OH!MY GODLESS 5●



「ママ!はやくはやく!」

「病院で走っちゃ駄目だよ」


車を降りた後、息子は走って一目散に父親の眠る病室へと向かった。

僕も2歳になる娘の手を引いてその後に続く――






「パパっ」


ガラッと乱暴に戸を開けて、息子はベッドに飛び付いた。

起きないかな〜と、髪の毛を引っ張ったり鼻を摘んだりして、いつものように進藤を弄り始める。


「ねーママぁ…パパいつ起きるの〜?」

「さぁ…」

首を傾けて曖昧な返事をする僕を見て、息子は拗ねたように口を脹らませた。

娘も兄のすぐ横で、進藤の手を握ったり広げたりして遊び始めている。




あのプロポーズから早10年。

ただ起きるのを待ち続ける辛さに耐えられなくて…5年前に作った息子と、3年前に作った娘が……今の僕の生きがいだ。

単に現実逃避とも言うかな。

子育てに毎日忙しくしてると、あっという間に一日が過ぎて…進藤のことを思い出す回数が減るから。

でも今でも週に2日は子供達も連れてお見舞いに来ている。

ずっと寝たままの父親なのに、子供達は会うのをすごく楽しみにしていて…一日に最低でも一回は

『パパのところに行きたい!』

とせがんでくる。

離婚もシングルマザーも珍しくない今の世の中。

子供達にとっては…父親はいるだけで嬉しい存在なのかな…?




「ママ〜、お水かけたらパパおきるかなぁ?」

「昔試してみたけど駄目だった」

「息とめたら、くるしくておきるかも!」

「それも実戦済み。起きるどころか死にかけたから、絶対にしちゃ駄目だよ」

「うーん…」


息子が頭を捻った。

最初の一年で思い付く限りのあらゆることを試してみたけど…全く効果がなかった。

どうして起きないのか、『原因不明』という言葉ほど恐ろしいものはない…って、つくづく思い知らされた気がする。




「ねぇママ、おひめさまはチューでおきるの…?」

「そうだね。でもパパはお姫様じゃないから」

「でもおひめさまみたいにキレイ…」

「……」

娘がウットリと自分の父親の顔を見つめている。


確かに……その通りかもしれない。

進藤はもともと男にしては可愛い顔をしてたけど、この10年間ずっと寝たきりで…外にも出てないから肌が異様に白い。

筋肉も落ちてしまったから…女性みたいに細くて…。

もしかしたら僕よりもお姫様と言う単語に近い容姿かもしれない…――


「パパはリンゴをたべたの?」

「ううん…怪我したんだ。ほら、パパの胸にまだ少し跡が残ってるでしょ?」


子供達に傷跡を見せる為に、進藤のパジャマのボタンを2つ外した。





あれ…?





「ママ、どこにあるの?」

「確かこの辺り…だったんだけど…」


この前体を拭いた時には確かにあった傷跡がない…。


…どうしてだ…?




「そうだ!ママ、これ!」

「え…?」


娘がベッド横にある机の上から果物ナイフを取って来た。


「もういっかいつけたら、パパおきるかも」

「何バカなこと…」

「やってみる!」

「え?!」


娘が背伸びして、ナイフを進藤の胸に振り翳した。


「駄目よ!危ないから渡しなさい!」

「いやっ!だってパパは…」


反抗した娘の手の中から零れたナイフが進藤の胸に落ちて…微かに傷を付けてしまった。


「もう…先生呼ばないと…―」


だけど次の瞬間――一瞬だけ進藤の頭が少し動いた気がした――





「―――…っ……」









……え?















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