●OH!MY GODLESS 3●
K大病院・外科病棟5階・特別室。
僕の恋人は怪我から一年経った今もこの病室で眠っている…――
「進藤、空位になったキミの本因坊…僕が貰っちゃった」
「倉田さんとの最終戦ね、すごくいい内容だったんだよ。並べてあげようか」
病室に置きっ放しになってる折り畳み式の碁盤を広げた後、一手目から口に出しながら並べ始めた。
「五の5。十六の4。三の3。十五の…――」
途中で感想を挟みながら…ただ一方的に僕だけが話す。
果たして進藤にこの声が届いてるのかどうなのか……何の反応もないからちっとも分からない。
「進藤…―」
途中で並べることを止めた僕は、進藤の顔を覗きこんだ―。
そっと…口付ける――
「……やっぱり駄目か…」
眠り姫は王子のキスで目覚めるというおとぎ話があったけど……所詮はおとぎ話ということか。
同じように実行してみても…何の反応もない。
まぁそもそも眠ってるのが王子側なんだけどね。
僕の王子様――それが進藤。
初めて出会ったのが11の秋。
付き合い始めたのが16の冬。
そして20の冬に…彼からプロポーズされた。
あと少しでハッピーエンドになる筈だったのに…。
あの誕生日は最高の記念日になるはずだったのに…。
……最悪の日になってしまうなんて……
カチャ
「…あ、塔矢さん。また来てくれてたのね…」
「こんにちは…」
病室に入って来たのは進藤のお母さん。
最初は大勢来てくれていたお見舞い客も、一年も経てばすっかり足取りは遠のいてしまった。
今この病室を訪れるのは…進藤の両親か僕ぐらいだ。
「ヒカルは幸せものね。こんな綺麗なフィアンセが毎日お見舞いに来てくれるんだから…」
そう言ってベッド横のお花を交換する進藤のお母さん。
この一年で白髪も増えて…ずいぶん容姿も変わってしまった。
そりゃそうだよな…。
たった一人の息子が…植物人間になってしまったんだから――
僕にとってもたった一人の婚約者。
大事な大事なフィアンセ。
こんな状態になっても……ずっと好き。
ずっと愛してる。
死ぬまで……ううん、死んでも愛してるから。
僕にはキミだけだからね。
一生――
「塔矢さん…話があるの」
「え?はい…」
進藤のベッドを挟んで向かい合った僕と彼のお母さん。
おばさんが進藤の様子を見て……溜め息を吐いた。
「この一年…どうにかして起こそうと色んな方法を試してみたけど……全く効き目がなかったわね」
「そう…ですね」
「病院側ももう後は奇跡が起きるのを待つのみ…ですって」
「………」
「……塔矢さん」
「…はい」
「今までありがとう…」
「……え?」
「ヒカルは明日目覚めるかもしれないけど…一年後かもしれない。十年後……もしかしたらもう二度と目覚めないのかもしれないのよ」
「………」
「待つのは…辛いでしょう?」
「…そんなことは…」
辛い。
辛いよ…本当は。
毎日ここに来る度に期待と不安が入り乱れて……でも結局は何の変化もない。
不安になる。
一生このままなのかな…って。
もう二度とキミと話すことも……打つことも出来ないのかもと思うと……胸が潰れそうになる…――
「塔矢さんにとって…今のこの時期はすごく大事だと思うの。お見舞いばかりに明け暮れるのは勿体ないわ…」
「それは…」
「塔矢さんのヒカルを想う気持ちはすごく嬉しかった。でもそれは…これから塔矢さんの為にならないわ」
「………」
「ヒカルの母親としての私からのお願い。もう…ここには来ないで」
え…?
「あなたまで…もうこれ以上苦しむことはないわ。ヒカルのことは忘れて……他の人と恋愛して…結婚して…いい家庭を築いて…幸せになってほしいの」
「………嫌…です」
「……」
「嫌です…絶対に嫌」
僕には進藤しかいないんだ。
たとえこの先ずっと目覚めなくても……ずっと進藤の側にいる。
他の人とだなんて…考えられない…――
「でもね…塔矢さんも一人っ子でしょう?同じ一人っ子の親だから…あなたの両親の気持ちもよく分かるの…。きっと…お孫さんの顔も見たい筈よ…」
「嫌です。僕は進藤以外の人の子供なんか…産みたくない」
「でもね…」
「僕の両親がそう思ってるって言うなら、おばさんだってそうでしょう?」
「え…?」
「お願いがあるんです」
「お願い…?」
「今すぐにとは言いません。もし…もしもこのまま進藤がずっと目覚めなかったその時は…――」
「……?」
「僕に進藤の忘れ形見を下さい」
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