●7 DAYS LOVERS 4●
「ん…」
目が覚めると、横に寝ていたはずの進藤がいなかった。
どこに行ったのだろう…と起き上がりかけると、下半身に痛みを感じた。
「…っ、…」
痛い…。
進藤と本当にしてしまったんだ、と再確認すると同時に、今日が手合いの日じゃなくて良かった…と心から思った。
こんな調子で何時間も正座するのはとても無理だ…。
「あ、起きた?」
ガラッと戸を開けて入ってきた進藤が聞いた。
既に服に着がえている彼を見ると――
…憎らしい。
僕は裸のままなのに。
右手には携帯を持っているみたいだ。
「…電話してたの…?」
「ん?あぁ、家に。今日も塔矢ん家泊まるからって」
それを聞いて思わず笑みが零れる。
今日も1日打ってくれるんだ。
「囲碁って便利だよなー、母さんなんて塔矢ん家で囲碁の勉強するからって言うと、はいはいって外泊許してくれるもんなぁ」
その言葉にムッとなる。
神聖な囲碁をそんな風に言って欲しくない。
「まぁ和谷ん家っつってもいけるけど」
その言葉に更にムッとなる。
「君はっ…和谷君にも…こんなことをしてるのか?!」
進藤がぎょっとしてこっちを見る。
「な、何言ってんだお前!するわけねーじゃん!気持ち悪い!」
気持ち悪い…?
昨日(いや、今朝か?)あれほど僕の体を辱めておいて、気持ち悪い?
僕の体と和谷君の体の一体どこが違うっていうんだ。
「和谷んとこでは本当に打つだけだよ!囲碁だけ!囲碁オンリー!」
それもまた納得いかない。
何で和谷君の所では打ちまくってるのに、僕とは…。
そう思うとだんだん自分が惨めになってくる。
「あ…、いや…、ほらっ!早く朝飯食って打とうぜ!塔矢」
その不公平さに進藤も気付いたのか、あわてて僕にも囲碁を持ち掛ける。
「当然だ!」
昨日体で払った分はしっかり返してもらわないと!
…とは言え、正直…なかなか起き上がることが出来ない。
「っ…」
痛さと体の中にある異物の気持ち悪さで目が涙ぐんでくる。
早くシャワーを浴びたいのに。
「お前…大丈夫か?!」
進藤が急いで駆け寄ってくる。
「ん…、平気…」
進藤の腕を手すり替わりに、何とか立ち上がる。
「あ…」
進藤の顔がちょっと赤くなる。
「え…?」
ハッと下を見ると、今は素っ裸なのを思い出した。
昨日隅から隅まで触られてしまっているけれど、あの時は夜だったし、照明も薄暗かったので、今はっきり見られたのに焦る。
は、恥ずかしい…。
急いで何か体を隠すものを探す。
布団…じゃ重くて、そのままバスルームまで行くのは無理だし…。
ええと…。
「え…?」
焦っている僕を進藤が抱き締めてきた。
「進藤…?」
そのまま髪に、首に、キスをする。
「ちょっ…とっ!」
急いで進藤を退ける。
「何考えてるんだ…!こんな…朝っぱらから!」
「ご、ごめん…」
進藤が我に返ったように、手を元に戻す。
「ふざけるなっ!」
そう吐きつけて、昨日着ていたパジャマを持って、急いで部屋を出た。
「はぁ…」
湯船に浸かりながら、昨日起きたことを頭の中で巡らす。
今思い出しても、死ぬほど恥ずかしい…。
…でも、終わってしまったことにいつまでも悔やんでいても仕方ないから、これからのことを考えてみる。
今日はこれから碁を打つんだ。
進藤と。
そう思うと心が弾む。
朝はずっと打って…、昼もずっと…、夜も…。
「……」
夜、ずっと一緒にいて大丈夫だろうか…。
進藤は今日も泊まる。
また昨日のようなことを言われたら…。
どうしよう…。
いや、大丈夫。
明日は手合いの日だ。
それは進藤も分かってるはずだ。
進藤だって一碁打ちだ。
次の日に疲れが残るようなことはしない…はず。
…たぶん。
先ほどの様子を見る限りでは、いまいちその自信が持てないが…、今は一刻も早く打つことが先決だと考え、軽くシャワーを浴びてバスルームを後にした。
居間に戻ってきた時には、進藤はいつもの様子に戻っていた。
打って、検討して、言い争って…一歩も引かない。
帰る!と言わない所だけが碁会所で打ってる時とは違うな、と少しおかしくなった。
キミは帰れないんだ。
それが昨日キミがおかしたことの代償だから…。
「…なぁ、腹へらねぇ?」
「え?あぁ…、そうだね」
気がついたら辺りは夕日が差し込んで、赤く照らされていた。
出前を取って、二人で食べながら囲碁の話をしたり、研究会の話をしたり。
「そういえばさ、塔矢先生とお前の母さんていつ帰ってくんの?」
「んー、月末までには帰るって言ってたから、あと1週間ぐらいかな」
「へー」
お父さんとお母さんは今は北京にいる。
僕も一度行ったことがあるけど、魅力的な打ち手が大勢いた。
ただ…日本より夏は暑すぎて冬は寒すぎるので、あまり僕には向いていない気がした。
上海ならそれなりに気候がいいから長期滞在も出来そうだけど…。
…でも、僕にとって今は進藤と打てればそれでいい。
北斗杯は毎年あるし…、向こうの選手とはその時たっぷり打てばいい。
「じゃあさ…」
進藤が思いついたように何かを言い始めた。
「先生達が帰ってくるまで、オレ、ここにいてもいいぜ?」
――え
「本当に…?」
思ってもみなかった嬉しいことを言われて耳を疑う。
「塔矢がいいなら…、の、話だけど…」
「え?僕はもちろんいいけど…?」
何か意味ありげな進藤の言い方を不思議に思った。
―あ…
「え…、まさかそれって…、また昨日のようなこともしなくちゃいけないの…かな?」
ちょっとドキドキして恐る恐る聞いてみる。
「…当然だろ。でなきゃオレがここに泊まる意味ないし」
「……」
究極の選択を言われた気がする…。
僕と進藤はめったに手合いでは当たらない。
だから僕が進藤と打てるのは彼が碁会所に来てくれた時だけなんだ…。
進藤も僕も、お互い手合い以外にも仕事や研究会があることが多くて、最近では週に2回打てたらいいほうだ。
だから、もし進藤がここに泊まってくれたら、彼は絶対ここに帰ってくる…。
毎日打てる…。
でも…昨日のようなこともしなくちゃいけない…。
「打ちたいけど…、痛いのは…ちょっと…」
「大丈夫、2回目からはそんなに痛くないって言うぜ?」
ぼそりと呟くように言った僕の言葉に、笑いながらフォローする。
本当だろうか…。
進藤は嘘が上手いからな…。
「どうしても…しなくちゃダメなの…かな?」
「…うーん、そりゃお前の体のことを考えたら、出来れば…しないでやりたいけど…、同じ屋根の下で眠ってるお前に、理性が保てる自信が…ないっていうか…」
「この前の合宿の時は何もしてこなかったじゃないか!」
「あん時は…!…社が隣にいたし…」
進藤が頬を赤く染めて言う。
「じゃあ今回も誰か呼ぼうか?」
「じょ、冗談!せっかくお前と二人きりなのに…」
―確かに。
僕もせっかくの進藤との対局の時間を減らされてたまるか。
「進藤って…、いつから僕のことが好きだったの?」
気になっていたことをこの際聞いてみる。
「え…?いつからって…」
進藤の顔がますます赤くなる。
「ずっと…気になってたんだけど、いつの間にかそれが…こういう気持ちに変わってて…」
「ふーん」
「ふーんってお前…」
焦ってる進藤に、更に追い討ちをかけてみる。
「進藤ってホモだったんだ…」
「ホッ…!?ちげーよ!!オレ、女の方が好きだし!お前だけ特別っていうか…」
僕だけ…?
その言葉が異様に嬉しくて、僕の方も顔が赤くなる。
「塔矢は…?俺のこと、好き…?」
進藤が少し近付いてくる。
「…どうかな。…でも、存在としての君の価値は僕の中で一番上だよ…」
「俺の碁の価値が…だろ?」
進藤の笑ってる顔が近付く。
「そうだね…、君の碁が大好きだ…」
そう言うと…、ゆっくり唇を重ねてきた…。
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