●7 DAYS LOVERS 17●


それからずっと進藤と打っていたけど、15時を回ったので指導碁先の家に向かうことにした。


「じゃあ行ってくるから。帰りはたぶん…9時頃になると思う」

「メシは食べてくんのか?」

「うん」

「分かった、じゃあオレも適当に食べるな。行ってらっしゃーい」

軽くキスを交わした後、家を出た。


…なんだか新婚夫婦になったような気分だ…。

しかも僕の方が出勤するから、旦那さん側?

進藤が奥さん…か。

似合わないな。

何だか家事もせずに一日中ワイドショーとか見たり、近所の奥さん達とダベったり…ダメ妻になりそうだ。

まぁその分近所付き合いとかは上手そうだけど…。

でもやっぱり進藤は旦那側だな。

うん、こっちの方がしっくりくる。

…となると、僕が妻か?

僕ならちゃんと家事も朝から念入りにするだろうし…。

でも専業主婦は嫌だな…。

楽そうだけど、僕の性格上することがなかったら息が詰まりそうだ。

やっぱり共働きだな。

いや、待てよ。

僕は囲碁しか出来ないぞ?

ということは仕事ももちろん棋士で―進藤も棋士だと…すれ違い夫婦になる可能性が…。

たぶん進藤もあと数年もすればリーグ入りとか当然してくるだろうし…挑戦手合いだって夢じゃない。

でもそうなると対局地はかなり全国バラバラになる。

外国の時だってある。

僕もそうなるだろうから…お互い移動移動でろくに会うこともなくなるかも…。

これはもう1年もしないうちに離婚だな。

やっぱりトップ棋士同士の結婚は無理だ。

お母さんみたいにお父さんにずっと付き添ってあげれるような人じゃないと―。


―って何考えてるんだ僕は!

しかも結末が暗すぎだし!

そもそも男同士だから結婚なんて無理だし!

「はぁ…」

このことに関しては深く考えるのはやめておこう…。

いずれ時が来れば嫌でも考えることになる。

今はまだその時じゃない。

付き合い出して数時間だし…。

取りあえず今は…

指導碁に集中だ。

今日の人はお父さんの昔からの知り合いだから、粗相のないようにしないと…。



「塔矢先生、今日はありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ夕食までご馳走になってしまって…。ありがとうございました」

「またお父さんが帰って来たらよろしく言っといて下さいね」

「はい、伝えておきます」

「ではお気をつけて」

「はい、失礼します」


予想通り8時過ぎに指導碁は終わった。

これから帰るとやはり9時近くなるな。

明日は…大盤解説だったっけ。

11時には始まるから、9時半には会場入りしないと…。

正直ちょっと…疲れたかな。

ここ数日熟睡してないから…。

でも今夜も―



「ただ今ー」

「お、塔矢お帰り!」

家に帰ると進藤はテレビゲームをしていた。

「それ…」

「あぁ、これ?夕方に一度家に帰って取ってきたんだよ」

「へぇ…」

「明日・明後日とお前ほとんど家にいないじゃん?オレ暇だし」

「……」

気楽そうでいいな、進藤は…。

「結構面白いぜ?簡単だし。お前もやってみる?」

「…いい、遠慮しとくよ」

「そっか…」


でも予定を詰め過ぎたのは僕の責任だ。

だけど僕だってまだ若手棋士だ。

来た仕事をそんな断ってばかりじゃ後々悪く影響する。


「じゃあ一局打つか?」


だけど

イラつく…

何で僕ばっかりこんなに―


「いいよ今日はもう碁は…。それより早くやることやっちゃおう」

「…塔矢?」

いきなりネクタイを外してシャツのボタンにも手をかけた僕を見て、進藤が目を丸くする。

「ど、どうしたんだお前?!何かあった?」


うるさい…。


「早く君も脱げば?」

「塔矢!」

反抗してくる進藤の顔を睨みつけた。

「僕には時間がないんだ!もう9時なんだぞ?!今から打ってたんじゃ絶対終局する頃には日が変わってる!それからヤったんじゃまた今日もロクに寝れない!」


こんな弱音みたいなこと言いたくなかった。

でも口が止まらない―


「僕は明日大盤解説があるんだ!大勢の人が聞きに来る!テレビ中継だってされる!絶対にミスなんて出来ないんだ!それなのに寝不足で行って、もしも解説中に欠伸とかしてしまったりと思うとゾッとする!」

「塔矢…」

「キミはいいよね気楽そうで!明日も明後日もずーっと暇なんだろ?一日中ここで好きなことが出来る!でも僕は明後日も仕事だ!何で僕ばかりがこんなに忙しいんだ?!実力だってキミとそう変わらないのに、いつも雑用が回ってくるのは僕だ!僕だって―」

「塔矢っ!!」

吐き続ける僕を進藤が抱き締めてきた―。

「分かった…、分かったから…お前が大変なのは―」

優しく頭を撫でて、髪にキスをしてくる―。

「…オマエ人気者だもんな。そりゃ色んなイベントに引っ張り出されるし、仕事もいっぱい来るさ。でもオマエだって疲れるよな…。それなのに毎晩オレの相手もしてくれて―」

ごめんな…と言ってきた。

「もう今日は休め…、な?」

そう言うと僕を部屋まで引っ張って行った―。

「でも…僕、約束が…」

進藤が振り返ってフッと笑う。

「そんなもの…俺たちが付き合い出した時点でとっくにチャラだって…」


え…


「これからは嫌々抱かれることもねーし、碁も好きなだけ打ち放題。オマエの好きなようにしていいから…」

そう言うと優しくキスをしてくれた。

「―…は…ぁ」

唇から離されて、今度は額にキスが落とされた―。

「お休み…」

にっこり笑ってそう言うと、客間の方に戻って行った。

「進藤…」


これからは碁も打ち放題…か。

好きなようにしていい…か。

優しいな…進藤は。

それに比べて僕は―。

進藤は暇なわけじゃない。

和谷君達の研究会も他の研究会もキャンセルしてここにいてくれてるんだ―。

それくらいのこと分かってたはずなのに―。

それなのに僕は…感情に任せて文句ばっかり…。

情けない…。

今日はもう早く寝て―明日にそなえよう…。

そう思ってパジャマに着替え、電気を消して―布団の中に入った―。



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