●7 DAYS LOVERS 1●
「あ〜いい湯だった。やっぱお前ん家の風呂って最高〜!」
お風呂上りの進藤がご機嫌に居間に入ってきた。
「んじゃ塔矢寝ようぜ!」
「う、うん…」
そう進藤に言われて僕の部屋に一緒に向かった。
まだ9時過ぎだけれど。
進藤の言うこの「寝る」は睡眠の意味じゃない。
3日前に進藤が泊まりにきてからずっと同じパターンだから分かる。
昨日も一昨日も僕達は―――
体を合わせた。
これは取引なんだ。
進藤が僕と打ってくれるための。
3日前にその約束をした。
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「塔矢〜もう1時過ぎだぜ〜?そろそろやめにしねぇ?」
「まだ対局の途中じゃないか。これだけ打ち切ってしまおう」
「へーへー」
ぶつぶつ言いながら進藤は続きを打ち始めた。
よほど眠たいのか、打つ間隔が徐々に短くなってくる。
それでも適所適所に鋭く対応して打ち込んで来る。
やはり…すごいな、君は。
結果は僕の半目負けだった。
「へへ、やりぃ」
「くそっ…進藤もう一局打とう!」
「はぁ??」
ガチャガチャと素早く碁石を元に戻す僕に向かって、進藤が信じられないという顔で答えた。
「何言ってんだよ。この対局が終わったら寝るって言っただろ?!」
「頼む、もう一局だけ…」
「お前さっきもそんなこと言ってもう一局打ったよな?いい加減にしろよ!もう2時だぜ!」
「そ、そうだったっけ…。ごめん…でもあと一局だけ…」
「ぜってぇヤダ!」
そう言ってプイと体ごと向こうに向けてしまった。
「はぁ…」
思わず溜め息が出る。
北斗杯前の合宿以来、久々に君が泊まりにきてくれたのが嬉しくて、僕は一晩中でも打っていたかったんだけど…。
この調子じゃさすがに今日はもう無理そうだ。
明日も打てることだし、今日はこのぐらいにしておこうかな。
「じゃあもう…」
寝ようか、と言いかけた時進藤が口を挟んだ。
「しょうがねぇなぁ…んじゃオレの言うことも聞いてくれたらもう一局付き合ってやってもいいぜ?」
え…。
「本当に?」
「あぁ」
予想外の展開に思わず笑みがこぼれる。
「何をすればいいんだい?肩でも揉もうか?」
「キスして」
「は?」
突然思ってもいなかったことを言われて目がきょとんとなる。
「今、何て?」
「だーかーらー、キスしてくれたらもう一局打ってやってもいいって言ってんの」
「何で僕がそんなこと…」
顔が徐々に赤くなってくるのが分かる。
「まだ打ちたいんだろ?いいじゃん、減るもんじゃないし」
確かに打ちたいことは打ちたいけど、いきなり何を言ってるんだろう進藤は。
昔から行動が理解出来ない奴だとは思っていたけれど、何でここでいきなりキスなんだ?
ある種の嫌がらせだろうか…。
それともよほど眠くて思考回路がおかしくなってるのか…。
きっとそうだ。
「はぁ…もういいよ。寝よう…」
そう言って立ち上がりかけると、進藤がパジャマの端を掴んでそれを阻止した。
「待てよ」
力いっぱい引っ張られて立ち上がることが出来ない。
「放してくれ」
「嫌だ」
そういうと更に近付いてきて今度は両手で肩に思いっきり力をかけられた。
――え…?
一気に仰向けに押し倒されて何が起きたのか理解出来なかった。
肩にあったはずの手はいつの間にか僕の両手を掴んで放さない。
「どけ、進藤」
「嫌だ」
何とか力をふり絞って起き上がろうとしようとしたけれど、全くビクともしない。
僕よりも小さい(と言ってもほんの3cmだけど…)この体のどこにこんな力があるんだろうか。
さっきまでの眠そうな目とは違い、進藤の瞳はまじまじと僕の方を見つめている。
「進藤…?」
彼の目が僕を睨んでいるようで少し怖かった。
「キス…してもいい?」
「え…」
嫌だと言ったら進藤は放してくれるのだろうか。
というか何でキスなんだ!
と色々頭の中で巡らしていると、有無を言わずに進藤の顔が更に近付いてきた。
「え…?…ん…」
いきなりの唇の感触にどうしたらいいのか分からず、ひとまず目を閉じた。
何でこんなことになってるんだろう…。
「は…ぁ…」
どうやって呼吸をしたらいいのか分からくて、唇が離れた途端息が上がってしまった。
頬に触れる進藤の呼吸が熱い…。
「進藤…?」
今にもまた唇が触れそうな距離でじっと見つめられていて、どうしたらいいのか分からない。
「…ん―」
そして、もう一度触れてきた唇が…唇の間を押してきて更に深く合わさる。
「あ…ふ…」
一度目より長いキスに呼吸が上手くいかなくて、だんだん頭がぼんやりしてきた。
「は―…ぁ…」
離された唇から息がこぼれる。
「塔矢…」
ようやく押さえつけられていた手を離され二人とも体を起こした。
「あの…ゴメンな…」
「……」
まだ頭がぼーっとして思考が上手く回らない。
何で進藤はこんなことをしたのだろうか…。
でもただ一つ分かることは、これでもう一局進藤が打ってくれるということだ。
今の僕にはキスの意味よりそっちのほうが大事だった。
「じゃあ進藤…もう一局打とうか」
そう言ってニッコリ笑うと進藤は焦ったように答えた。
「え?あ…あぁ、そうだな」
「お願いします」
「…お願い…します…」
念願の対局が叶ったのに今いち集中出来ない。
多分…さっきから進藤がこっちをジッと見てるせいだ。
落ち着かない。
何で僕を見るんだ!
盤を見ろ!
盤を!
「塔矢さぁ…」
「何?」
「何でオレがキスしたか分かってる?」
「さぁ?君の考えることは理解不能だからね。僕をからかいたかったのか?それともそんなにキスに飢えてたの?」
進藤ぐらいの歳だとそういうことに興味を持ってもおかしくない。
僕も興味が無い訳ではないけど…今は囲碁の方が大事だ。
それにしても何で僕にするんだ。
進藤はプロになってからはそれなりにモテてるみたいだから、手頃な彼女でも作ればいいのに。
でもそう思うと少し胸がチクリと痛んだ…。
もし進藤に彼女が出来たら、今以上に僕と会う時間が減ってしまうかもしれない。
もう碁会所にも来てくれないかもしれない…。
手合いも仕事のない日も彼女と出かけてしまって、今日のように泊まりで打ちに来てくれることも二度とないかも…。
そう思うとますます胸が苦しくなった。
「うん…オレ飢えてたのかも…塔矢とキスがしたくて…」
――僕と?
「…なぁ、もう1回してもいいか?」
「え…?うん…いいよ」
僕と…と言ってくれたことに正直嬉しかったのかもしれない。
また…許してしまった。
それに―
進藤とのキスは驚いたけどそんなに嫌じゃなかった。
「ん…」
再び重なった進藤の唇はとても熱い…。
2度目のキスよりもっと深いキス…。
「…んっ―」
進藤が唇をますます深く押しつけてきて、口の間に押し込まれてくる感触に驚く。
「なっ…」
思わず進藤の肩を押して顔を離した。
「…舌入れられんのは嫌…?」
「え?…あ…うーん…」
嫌じゃない…とは思うけど…。
急で思考がまとまらない。
何も言わないでいると、もう一度…今度は丁寧に唇を重ねて、ゆっくり進藤の舌が唇の間から入ってきた。
柔らかくて熱い感触に、ぎゅっと目を閉じた…。
「塔矢…」
熱い息でときどき離れては名前を呼ばれる。
とても心地いい…。
僕は進藤に名前を言われるのが昔から好きだ。
意識してもらえるようで…。
僕ばっかりが君を意識してるんじゃないかと思って、不安になることもあったから…。
もっともそれは囲碁の世界でライバルとして…だけど。
今はたぶん…、別の意味で名前を呼ばれている気がする。
「…塔矢…触ってもいい?」
唇を少し離して進藤が言った。
「え…?」
何に?と思った瞬間、進藤の手は僕の腰のあたりを擦った。
指先が少し冷たくて思わず体を引く。
「進藤…?」
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