●NOTICE 5●
「あがって」
「お邪魔します…」
進藤の部屋にやってきた。
実は初めて。
きちんと片付いてるのも意外だったけど、台所もちゃんと使われてる感じがして意外だった。
冷蔵庫の中を見ると料理をする人なのかどうかは一目で分かる。
本当に進藤は自炊してるんだな…。
「一時間ぐらいかかるからさ、テレビでも見ててよ」
「手伝います」
「いいって、今日は100%オレの料理を食べてほしいんだ」
「…分かりました。じゃあ本でも読んでますね」
「あ、テレビ横のラックが最近の雑誌だから」
「はい」
カウンター型の台所のすぐ横にダイニングがあって。
その奥にテレビやソファーが置いてあるリビングがあった。
シンプルでモダンな家具は僕好みだった。
「…あ、今週の週刊碁発見」
まだ読んでない最新の週刊碁がテーブルの上に置いてあったので、つい熟読してしまった。
今週の一面はもちろん本因坊戦。
進藤と緒方さんの七番勝負・第4戦の結果と解説だ。
ハタチの時初めて本因坊のタイトルを手に入れてから、もう3回も防衛に成功している進藤。
ライバルとして誇りに思う。
今回の一局も、僕が相手じゃないのが悔しいぐらいに素晴らしい一局だった。
この一局はまだ進藤と検討出来ていない。
くそっ、塔矢アキラとしてもしここに来ていたのなら、絶対に検討もしたのに。
囲碁初心者のさくらももこ相手には、進藤は絶対に深い話はしないだろう。
はあ…僕は一体何をしてるんだろう…。
進藤とのデートに浮かれて柄にもない格好をして、爪まで弄って。
こんな指じゃあ石もロクに掴めない。
碁打ち失格だ。
「お待たせ。ごめん、思ったより時間がかかった」
「大丈夫です」
一時間後、進藤がリビングに顔を出してきた。
囲碁雑誌を睨むように見入っていた僕は、慌てて顔を元に戻す。
一緒にダイニングに行くと、女の僕が悔しいぐらいの料理が並んでいた。
このポタージュ…さっきミキサーの音がしてたから、ちゃんと一から作ったんだろう。
意外とマメな男だ。
「今日はイタリアンがメイン。口に合うかどうか分からないけど、食べてみて」
スープも、サラダも、メインのお魚も、パスタも、どれも信じられないくらいに美味しかった。
「進藤さん…いい旦那さんになれますね」
「はは…そう思う?じゃあさくらさんの旦那に立候補してもいい?」
「……え?」
四人掛けのダイニングテーブル。
僕の前に座っていた進藤が、横に座り直してきた。
じっと見つめれて…何だか恥ずかしくて俯く。
「オレと…付き合ってほしいんだ」
「でも…」
「今日すごく楽しかった。さくらさんは?」
「…楽しかったです、けど…」
「今度は恋人として、またデートしようよ」
「……でも、進藤さんは…好きな人が…――」
いきなり彼の顔が近付いてきて―――キスされた。
一瞬だけの軽いキス。
僕にとっての…ファーストキス。
その相手が進藤になったってことに…、僕は思わず涙が出てしまいそうになったくらい…嬉しかった。
更に、進藤が抱きしめてくる――
「好きだ…」
「進藤…さん」
「好きだよ…」
「………」
「オレと付き合って?」
「………はい」
何度も好きだと言われて、僕はまるで誘導されるかのように…進藤と付き合うことを承諾してしまった。
リビングに戻ってから…もう一度キスをされる。
今度はちょっと深い大人なキス。
進藤の舌が僕の口内を這ってきた。
お互いの唾液が交ざるぐらい…息つく暇もないぐらいの濃厚なキスに、初心者の僕の頭はもうクラクラ。
ソファーに倒れてしまった。
いや、倒された…のかな…
「…進藤さん?」
「…嫌?」
「…え…?」
「欲しいんだ…」
「………」
「いい…?」
「え…でも、あの…、きゃっ、や…進藤…っ」
あまりに急過ぎてパニックになった僕は、進藤のことを「さん」付けするのを忘れた。
微かに彼の口元が緩んだ気がした。
な、なんて強引な男なんだ。
付き合い始めたばかりの彼女に、こんなに無理矢理とも言えない早さで迫ってくる奴がいるのだろうか。
もちろん…ずっと好きだった進藤が相手だから、僕が本気で拒否することはなかったけど――
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