●NOTICE 2●






「あー、あの人河合さんっていうんだけど、変な人だけど悪い人じゃないから。あそこの碁会所は当たりだよ。雰囲気もいいし、女の人でも気軽に楽しめるんじゃないかな。よかったらまた行ってあげて」

「…はい」

「あ、そういえばキミ、名前は?オレは進藤ヒカル」

「………」


本気で聞いてるらしい。


「さくら…ももこ」

「ふーん、さくらさんかぁ。何か聞いたことあるようなないような名前だね」

「………」


聞いたことがあって当たり前だ。

某有名アニメの主人公の名前なんだから。


「何歳?」

「何歳に見えますか?」

「え?うーん…20代後半?30代じゃないよね?」

「………」


僕って老けて見えるのだろうか…。


「24…なんですけど」

「え?!オレと一緒?!はは…ごめん、落ち着いてるからてっきり…」

「………」

「あ、さくらさん腹減ってない?よかったら夕飯付き合ってくれない?」


進藤に食事に誘われて、ふと昼間ナンパされた時のことを思い出した。


僕はもしかして今…進藤にナンパされてるのだろうか…。



「進藤…プロって、初対面の女性にいつもこうなんですか?」

「…え?ええ?!まさか!」

「ふーん…」

「本当だって!さくらさんは特別!」

「どうして特別なんですか?」

「や…だって、さくらさん…オレの好きな人に似てるから…」





―――…え…?





「声とか…そっくりだし。ごめん、似てるからとか言われても嬉しくないよな」


それって…


それってそれってそれって…つまり……



「彼女…なんですか?」

「まさか!」

「告白…しないんですか?」

「うん…出来ない。たぶん…一生」



一生…?



「なん…で…」

「ライバルなんだ、そいつ。オレの一生のライバル。アイツとはこのまま、ずっと今の関係で打ち続けたいんだ。私情を挟みたくない。フラれたら…立ち直れないし。上手くいって付き合えても…喧嘩ばっかしてるからいつまで続くか分からないし…」


初めて聞いた進藤の気持ち。

彼が好きなのは100%僕だ。

それは嬉しい。

嬉しすぎることだ。

でも、だからって、僕に似てる人を食事に誘ってるこの状況は……



「今日さくらさんが碁会所に入ってきた時、めちゃくちゃ驚いた。こんなに似てる人がいるんだって…感動に近い思いを感じたんだ」

「…私でいいんですか?」

「分からない。まだキミのこと全然知らないし。ただ、指導碁だけで終わりにしたくなかったんだ。だから…さ、ご飯…食べに行かない?」


僕のことをもっと知りたい―――そう言われた気がした。


馬鹿だろう。

キミが好きな女も、目の前にいる女も、同じ女なのに。

だいたいどうして『似てる』という発想しか出て来ないんだ?

どうしてちょっとイメチェンした『本人』だと思わないんだろう。

塔矢アキラが茶髪なんてありえないから?

そうだね…確かにありえないね。

こんな格好…父に見られたらまた発作が起きるかもしれない。

あの母も腰を抜かすかも。

緒方さんには絶対笑われる。

進藤にだって…他人だと思われてるぐらいだし――





「何が食べたい?」

「…何でも」

「じゃあ和食にしよう!」


連れていかれたのは、僕の家から程近い小料理屋。

以前僕が彼に教えてあげた店だ。

姿が似てるから食の好みもきっと同じだと、単純な彼は思ったのだろう。

和食より洋食や中華が好きなくせに…無理しちゃって。






「さくらさんって一人暮らし?」

「いえ…実家暮らしです」


まぁ、今は実家で一人で暮らしてるから、ある意味一人暮らしだけど。


「へー。ずっと?じゃあ一度も家から出たことないんだ?」

「…はい」

「出たいとか思ったことなかったの?」

「ありました、けど…」

「けど?」

「……」


僕が一人暮らしをしようとした矢先、両親が海外に行くようになってしまったから。

家の管理もあるし、結局ずっと今も実家なままだ。

僕が家を出る日はきっと…結婚する日。

……結婚出来たらだけど。



「一人暮らしって楽しいよ。料理の腕もあがるし」

「え?料理…するんですか?」


初耳だ。


「うん、一通り何でも作れるし、結構旨いと思うよ。今度作ってあげようか?」

「あ…ぜひ」


純粋に食べてみたいと思った。

進藤が作る料理…一体どんなのだろう。


「じゃあ今度デートしようよ」

「デ、デートですか…?」

「うん。だから待ち合わせの為に携帯のアドレス教えてくれる?番号も」

「………」


教えれるわけがない。

だって僕の携帯番号もアドレスも、既に進藤が知っている塔矢アキラのものだ。


「えっと実は今日…携帯家に忘れてしまって。自分の番号もアドレスも覚えてないんです」

「そうなんだ。じゃあ今、次会う日決めようか。来週は?仕事の休みは土日?」

「いえ…」

「じゃあ火曜は?」

「大丈夫です」

「昼からでもいい?2時とか」

「…はい」

「場所は駅前でいいかな?高田馬場とかなら助かるんだけど」

「じゃあ火曜日の2時にそこですね」

「うん、何かあったらここに連絡して」


進藤の番号とアドレスが書かれたメモを渡された。

今までに何十回も何百回もかけたことのある番号だ。


携帯…『さくらももこ』用に新しいのを買おうかな。

はは…何の為に?

さっさとバラしちゃえばいいじゃないか。


でも……今更打ち明けて軽蔑されないだろうか…。


でも、進藤は塔矢アキラには一生告白する気がないらしい。

じゃあ新しい人になりきって進藤と恋愛した方がいいんじゃないだろうか?

僕だって女なんだ。

好きな人と…進藤と、一度くらい恋愛してみたい。

後悔しない為に――





「じゃあまた火曜日な」

「はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」



食事を終えた後、駅まで一緒に戻ってそこで別れた。

明日は手合いの日。

髪はまた黒髪に戻そう。

いつもの僕に戻ろう。

次に僕が変身する日は火曜日。

夢にまで見た進藤との初デートの日だ―――












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