●NEW FIRST-STAGE SERIES 9●





「進藤君のこと好きなの。付き合ってくれないかな?」



初めて女の子に告白されたのはいつだっただろう。

幼稚園?

とにかく小学5年生にもなると、僕はすっかり告白され慣れていて、断るのにも慣れていた。



「ごめんね。好きな子いるんだ」


嘘だった。

好きな子なんていなかった。

でも「付き合うとか興味ないから」とか本音を言ってしまうと、「じゃあ興味が出たら付き合って」とか言われてしまいそうだから。

きっぱり諦めてもらう為に僕はいつもそう断っていた。






皆一体僕のどこがそんなに好きなんだろう。


――やっぱり顔かな?

あの顔の整いすぎてる両親のせい(お陰?)で、僕は人より容姿に恵まれていると自分でも思う。


――それとも頭脳?

有名私立の海王小学校だけど、僕は学年でいつもトップ10には入っていた。

塾も行ってないのにすごいと、15位だったクラスメートが僕に言った。

別に普通に授業受けて、帰ってから予習復習しておけば誰でもこれくらいの点数取れるものじゃないのか?と不思議でならなかった。


――じゃあ統率力?

僕は常にクラス委員長だった。

別に自分から立候補した訳じゃない。

委員長を決める時に誰かが僕の名前を上げて、投票でいつも押し付けられるだけだ。

でもなったからにはクラスをまとめないといけないし、司会もしなくちゃならない。

自然と皆の前で話す力が付いた。


――あるいはお金かな?

僕の両親は揃ってタイトルホルダーで、賞金ランキングは常にトップ3には入っていた。

二人合わせたら賞金だけで軽く1億は超える。

他にも手合料はもちろん、本の印税とかテレビCMのギャラとか、囲碁番組の出演料とか…言い出したらキリがない。

裕福な家庭の子が多い海王小学校だけど、僕の家はその中でも飛び抜けた部類に入る。


――もしくは棋力?

そんな両親から産まれたから、当然僕の棋力はずば抜けていた。

全国大会で優勝とかいうレベルじゃなくて、プロ試験すら受かるかもしれないというレベル。

将来が約束されてるようなものだから…皆それに惹かれてるのだろうか――










「あれ?精菜も今帰り?」

「うん。佐為、一緒に帰ろ」

「彩は?」

「本屋行くんだって。何か彩の買ってるマンガの新刊の発売日なんだって」

「ふーん」


夏休みを目前に控えたこの日、校門で偶然会って、僕は精菜と二人きりで帰ることになった。

精菜はあの緒方棋聖の一人娘で、僕と彩の幼なじみの女の子だ。

小さい頃からいつも一緒。

精菜といると僕は気が楽だった。

だって精菜は僕と似てるから。

似てるどころか彼女の方が僕より上だから。


東大卒で元モデル、現在マーケティング会社を自ら立ち上げているバリバリのキャリアウーマンな精菜のお母さん。

母親似の精菜は誰から見ても美少女で、もちろん頭もいい。

常に学年トップの成績で、もちろん僕と同じクラス委員長。

棋聖、十段、碁聖の三冠王が父親だからもちろん僕の家並みか、それ以上にお金持ちだし、もちろん棋力も半端ない。

僕の方が年上だから対局するといつも僕が勝つけど、もし二年前の8歳の僕が今の精菜と戦ったら…きっと負ける。


彼女といると、僕はいつも素の僕が出せた。

遠慮もしなくていい、気を使わなくてもいい、自然と笑顔が出てくる、僕が家族以外で気を許せる唯一の相手だった。



「佐為、夏休みはどこか行くの?」

「ううん。きっといつも通り、おじいちゃんちと家の往復だと思う」

「おじさんとおばさん忙しいもんね。うちもだけど」

「おじいちゃんと打つの楽しいから別にいいけどね。研究会で緒方先生とも打てるし」

「私もまた研究会、お父さんに付いていこうかなぁ」

「うん、来なよ。夏休み、精菜ともたくさん打ちたいし」

「…家にも打ちに行ってもいい?」

「もちろん。楽しみにしてるな」

「……」


にこっと笑うと、精菜の頬が少し赤くなって……彼女は歩くのをやめた。


「精菜?」

「…私、佐為のこと好き」

「……え?」

「好きなの…佐為のことが」


恥ずかしいのか、精菜が下を向いてしまった。

僕の顔もたちまち赤くなった。





……嬉しい……





初めての気持ちが沸き上がってきたのを感じた。

今まで散々告白されたけど、こんな風に感じたのは初めてだった。

すごく嬉しかった。

心がすごく温かくなって…涙が出そうになった。


もしかしたら、僕も同じ気持ちなのかもしれない。

精菜のこと、好きだったのかもしれない。


僕はすぐに彼女の手を取って、

「僕も…」

と返事をした――












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