●NEW FIRST-STAGE SERIES 8●
最近朝起きると、必ず和室から碁石の音が聞こえてくる。
彩が学校に行く前に、母と一局打っているのだ。
先週末からついに始まった女流棋士採用試験・本戦。
予選を突破した6名に、プロ試験・本戦に出場もしくは推薦の院生などのシード者5名を足した計11名で行われる総当たりリーグ戦。
合格はたったの1名。
その一枠を彩は狙っている。
「あ、お兄ちゃんおはよー」
「おはよう。すっかり早起きになったな」
「えへへ」
毎朝一局打ち終わってから朝食を食べ始める彩。
そんな妹の前に座った母に尋ねる。
「お母さんも門下開いたってこと?」
「ふふ、彩限定のね。ヒカルみたいに正式に開くつもりはないよ」
「そう…」
精菜曰く、緒方先生もそんなことを言っていたらしい。
緒方先生も精菜限定の師匠。
つまり――精菜は「緒方精次九段門下」として入段する。
そして彩がもし無事試験に合格したら、彩は「塔矢アキラ九段門下」での入段となる。
もちろん僕と京田さんは「進藤ヒカル九段門下」。
なかなか豪華な師匠の顔ぶれである。
「彩、今週末は誰と対戦なんだ?」
「んとね、院生の鈴城さんと、中部の院生の中嶋さんて人だったかな」
「ふぅん…」
「鈴城さんはB組の子だよ。確か今中2。中嶋さんは知らない」
「中部の中嶋九段の娘さんだよね」
と母が教えてくれる。
「そうなんだ〜。強いのかなぁ…」
九段の娘と聞いて彩が不安がっている。
心配しなくても、彩、お前も九段の娘だからな。
(しかも両親共にタイトルホルダーの)
「行ってきます」
「行ってきまーす」
僕は今日も妹と一緒に家を出た。
母と打つようになってから早起きになった彩は、僕の登校時間と被るようになったんだ。
ちなみに彩はいつも精菜と待ち合わせて学校に行っている。
てことで、駅を降りたところで精菜が
「おはよう佐為、彩」
と近付いてくる。
「おはよう精菜」
「ふふ、朝から佐為に会えるなんて何か嬉しい。プロ試験の時みたいだね」
「僕も嬉しいよ」
「本当?」
「うん」
ちなみに海王中学校と海王小学校は目と鼻の先にある。
小学校の方が手前にあるので、僕は校門前で二人と別れて中学校に向かった。
「おはようさん」
「おはよう、西条」
「進藤見たで〜」
「……何を?」
「これ♪」
西条が、じゃーん!と週刊碁を出してくる。
(ひいぃぃ……!!)
「んなもん学校に持ってくるなよ!」
「え?でも皆結構持ってるで?」
「……え?」
クラスを見渡すと確かに何人かが手にしており、そこに更に何人もが集まって読んでいる姿が見てとれた。
(いつからこんなに碁に興味のあるクラスに?!)
「家の近くのコンビニも駅前のコンビニ売り切れとったけん、棋院まで買いに行ってもたわ」
「え、マジ?」
昨日発売の週刊碁。
表紙は土曜に撮影した僕と緒方先生の握手写真だった。
新初段シリーズが行われると必ず一面に大きく載る。
それは予想していたことだが、問題はこの見出しだ。
『王子始動』
本気でやめてほしい……
(天野さん…!!)
「売店のおばちゃんが言よったけど、普段の1.5倍の部数刷ったけど、初日でほぼ完売やって。すごい人気やなぁお前」
「ははは…」
もう笑うしかない。
ちなみに2面も3面も4面も5面までも自分の写真がデカデカと載っていて焦る。
(写真集じゃないんだから…)
もちろん棋譜も載っている。
あの緒方先生との賭けの会話は載っていなくて、ひとまず安心した。
「今週末の第二弾は緒方さんと進藤本因坊やな」
「うん。僕も見に行くよ」
「彼女の初の晴れ舞台やもんな。あ、もう婚約者やった?」
「……」
「モニターで見てて、ホンマ進藤と緒方棋聖が賭け出した時は驚いたわ」
「…やっぱ、丸聞こえだった?」
「もう検討室は大騒ぎ。めっちゃ盛り上がってたわ〜」
西条が思い出し笑いをする。
僕はもう…穴があったら入りたかった。
「――で?あれから進展あったん?」
「進展?」
「だって緒方さん、もう進藤のモンになったんやろ?ついに経験した?」
「なっ……!」
ななななな………
「んなわけないだろ?!」
「あ、そーなん?これからってこと?」
「僕はあと4年待つつもりだから!」
「マジで?好きにしていいって父親からオッケー貰ったのに?」
「だからって、何も変わらないよ。精菜が小5ってことには変わりないんだから」
「なーんだ。つまらんの」
「じゃあ、そういう西条はどうなんだよ?金森女流二段とは」
「うん。最高やったわ」
は?!
「この日曜デートしてん。部屋に誘ってもたわ」
「ま、マジで?!だってまだ付き合って10日とかだろ?!」
「いいやん別に。向こうもノリノリやったし」
「…お前、意外とすごいな」
「そうか?普通や思うけどな。このクラスにやって、恋人おる奴ら結構おるし。皆とっくの昔に済ましとう思うけどな。今時中学生やからって清い交際続けよう奴らあんまりおらんやろ」
「え、そうなのか?」
「ほなけん進藤は真面目やな〜って感心するわ。ま、そこがお前のいいとこやけど」
「…別に」
確かに僕は根が真面目過ぎるような気がしないこともない。
例え精菜が同い年だったとしても、中学の間は清い交際を続けそうだ。
もちろん、今みたいに触り合うくらいはしそうだけど……
「緒方さんとはいつから付き合いよん?中学入ってから?」
「いや…小5」
「小5?!ほなその頃緒方さん小3?」
「そうだな…」
「進藤から告白したん?」
「いや、向こうから…」
「へぇ〜聞かせて聞かせて♪」
「……」
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