●NEW FIRST-STAGE SERIES 7●
(封鎖されてしまった……)
でも同時に右上にそれなりの規模の黒地が確定する。
白が全局的に厚いけど、下辺の黒を上手く攻めなければ勝ちは引き寄せられないだろう。
まだ勝算はある。
僕は次の一手、10の十一へとノビて攻め続けた――
新初段シリーズは普通の対局とは違う。
持ち時間はほんの10分。
一分の考慮時間が10回。
それを使いきると一手30秒の早碁となる。
去年の早碁オープンで父に敗れはしたものの準優勝だった緒方先生は早碁は得意だと思われる。
そういう僕も得意な方だ、自信を持っていきたいと思う。
でも少し長考すればあっという間に10分なんて過ぎて、どんどんカウントダウンされる。
お互いとうとう考慮時間も使いきる。
でもまだ形成は五分だ。
戦いは左辺に移る。
左上にどちらが先に先着するかが問題。
僕が放った4の六は黒からも白からも急所と言える。
4の九と先生が即座に動きだし、攻勢を主張する。
――やはり並大抵の強さじゃない。
一筋縄にはいかない。
プロ試験とはワケが違う。
逆コミでこれだ、もし互い戦で勝つにはどうすればいいのだろう。
僕の目標は両親にタイトル戦で勝つことだ。
いつかは勝てるだろうか。
高校さえも囲碁の為に行かなかった程の両親に、本当にいつか勝てる日がやってくるのだろうか。
父の弟子になり、ますます父と打つようになって、父との差がハッキリ分かり出して来た。
先ほど緒方先生が言っていた
『現代でアイツにヨミ勝負で勝てる棋士はいない』――確かに僕もそう思う。
確かに父は神的なヨミの早さの持ち主だ。
でも、囲碁はヨミだけじゃない。
だから負けることもある。
特に母との勝率は母の方が上。
母の碁は父にはない力強さを持っている。
僕はそんな二人から産まれてきた子供だ。
二人がまだ七大タイトルを取る前、まだ17歳だった時に出来た子供。
両親がタイトルを取る姿を一番近くで見てきた。
そしてこれからも見ていくことだろう。
いつか、目の前で見てみたい。
碁盤を挟んだ目の前で――
パチッ
3の六に石を放つと、緒方先生の目が見開いた。
眼形が一気に豊かになる勝負手だ。
続いて先生が8の11に打ち込んでくる。
11の十三で対抗、中央の白二子を切り離し、右下の白へも伺う。
左辺の黒はもう心配ない。
最後は1の三、1の四とハネつぐ。
この飛び込みを受ければ細かくなる。
10の十までは本コウではない。
次の一手でようやく本コウになってももう争えない。
(――大丈夫だ、足りる)
11の三で僕の狙いを回避してくるけど――それは同時に僕の勝ちが決定する。
最後の一手――18の四を放った――
「……フ」
緒方先生が口角を上げた。
「ここまでか…」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
勝てた…と安堵の溜め息が出る。
もう倒れそうだ。
「どう分析する?」
「あ、えっと…ここ、1の七と分断してたらどうなってたか分からなかったと思います」
「…なるほどな。最後のチャンスを逃した訳か」
「でも…普通のコミなら僕の負けです。流石でした」
「フン。saiの件は諦めるか…」
緒方先生が立ち上がる。
「…精菜は好きにすればいい。ただし、父親の二の舞は許さないからな」
「はい…ありがとうございます」
二の舞――それはもちろん、母が17で僕を産んでしまった事実。
ちゃんと順を踏めば反対はしないということなんだろうか。
「佐為!」
取材を終えて皆の待つ控え室に行くと、精菜が人前なのに僕に抱き付いてきた。
「もう私…佐為のものだね…」
「せ、精菜…、皆見てるから…」
控え室には両親と彩と京田さんと西条と、あと何故か芦原さんもいた。
「お前何勝手にオレを賭けに入れてくれてんだよ!」
予想通り父はカンカンだ。
「負けたらオレ、緒方先生にも話さなくちゃならなかったじゃんか!」
「ごめんなさい…」
「まぁ勝ったからよかったけどさ〜寿命が10年は縮んだぜ」
「まぁまぁ進藤君、今日はおめでたい日なんだから許してあげなよ〜」
と芦原さんが笑う。
「…何がおめでたいんですか?」
「え?だって佐為君と精菜ちゃん、婚約したんでしょ?」
「え??そうなのか??」
父が驚いている。
いや、別に婚約したつもりはないんだけど……あれってそうなるのか?
チラッと僕の腕にまとわりついたままの精菜を見る。
「佐為…私今日から佐為の部屋に住もうかな…」
「はは…家には帰ろうね、精菜」
「えー」
まだ新初段シリーズは始まったばかり。
来週、今度は父と精菜の対局が行われる――
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