●NEW FIRST-STAGE SERIES 6●
パシャパシャパシャパシャ……
カメラのフラッシュが終わりが見えない程光り続ける。
「すごい人気だな、佐為君」
僕の横にいる対戦相手が眼鏡をくいっと上げた。
「出版部が言っていたよ、テレビ局からの撮影申込もかなりあったって。実は今日は規制してこの数らしいよ」
「そうなんですか…。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
今日の対戦相手――緒方棋聖。
軽く挨拶をかわして、新初段シリーズおなじみの握手写真を撮る。
はい、OKですと天野さんが代表で声を掛けてくるまで、またパシャパシャパシャパシャと永遠とフラッシュが光り続けた――
対局開始10分前。
僕と緒方先生は幽玄の間に移動した。
上座が先生で下座が僕。
立会人や記録係、そしてまたカメラマンも何人か一緒に入る。
「幽玄の間は初めてか?」
「はい」
「君の両親はここの常連だがな」
「……」
「一昨日は進藤に上手く打たれたよ」
「でもいい内容でしたね」
「俺の敗因は何だと思う?」
「…勝負勘、でしょうか」
「ほう…?」
「父独自の危険察知能力というか…先読みというか。とにかく13の十六…あの一手で地は損しましたけど、黒が全体的に厚くなって勝利を決定付けましたよね」
「進藤の先読みは確かにずば抜けているな。現代でアイツにヨミ勝負で勝てる棋士はいないだろう」
「……」
「でもsaiならどうかな」
……!
「佐為君は進藤とsaiの関係を知ってるんだろう?」
「…だとしたら?」
「賭けるか?」
「え?」
「この対局、俺が勝ったら進藤とsaiの秘密を俺にも話してもらおうか」
「……じゃあ僕が勝ったら、何していただけるんですか?」
「何でも。君の希望を叶えよう」
「何でも…?」
「ああ」
「じゃあ……精菜を僕にくれますか?」
緒方先生がククッと笑う。
「そうくると思ったよ」
「どうですか?」
「…君が既に精菜に何をしてるのか、俺が知らないとでも思ってるのか?」
「……え?」
緒方先生が僕を睨んでくる。
父親として、娘の彼氏の僕を睨み付けてくる。
少しだけ冷や汗が出た。
「約束しよう。君が勝ったらこれからも口は出さない。好きにするがいい」
「分かりました」
「じゃあ、始めようか」
立会人の糸林九段から対局開始の合図がかかる。
僕と緒方先生は同時に頭を下げた。
「「お願いします」」
逆コミ6目半。
黒が新人棋士側――僕だ。
碁笥から直ぐ様石を掴むと、最初から決めてあったその場所、17の四に僕は指した。
その瞬間にまたしてもパシャパシャパシャとカメラが鳴り響く。
すぐに緒方先生も4の四に打つ。
17の十六、4の十六、15の三、15の十六……いよいよ緒方先生との対局がスタートする。
この部屋にはカメラが付いている。
音声ももちろん拾われる。
今日のこの対局を、控え室で両親も精菜も見守っている。
さっきの会話…聞こえてしまっただろうか。
勝手に賭けの対象にして、父に怒られないだろうか。
精菜はどう思っただろうか。
今頃どんな顔をしてるんだろう。
見れないのが残念だ。
さっきの緒方先生の一言が気になる。
『君が既に精菜に何をしてるのか、俺が知らないとでも思ってるのか?』
どういう意味だろう。
まさか僕が精菜に触れてしまったことがバレたのだろうか。
それともカマをかけられただけか……
どっちにしろ、この対局に勝てば精菜は正真正銘僕のものになる。
だから、絶対に勝つ――
17の五で先生が早々に仕掛けてくる。
セキ残り――あわよくば右辺の黒を狙う一種のモタレ攻めだ。
16の九で応手、15の九で返され、僕は少し長考してこの先を読む。
(封鎖されるかもしれない…)
チラリと先生の表情を伺う。
碁盤を睨んでいるのに、まるで自分が睨まれてるような気がした。
でもここで怖じ気づくわけにはいかない。
僕も鋭い視線を碁盤に向け、15の十三で抵抗を試みる。
この勝負、絶対に負けない。
緒方先生から宝物を奪ってみせる――
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