●NEW FIRST-STAGE SERIES 5●
「今日はありがとう精菜…」
「ううん…私も嬉しかった」
「また連絡するな…」
「うん…」
最後にもう一度、軽く触れるだけのキスをして、僕は緒方家を後にした。
家までの10分間、僕はさっきまで自分達がしたことを思い出して…赤面しまくりだった。
恥ずかしかった。
一体何してるんだろう。
でも…嬉しかった。
あんなことをこれからもたまに出来るのなら、4年3ヶ月くらい余裕で待てそうな気がしたのだった。
「おはよう進藤…昨日はごめんな」
翌日学校に行くと、席に着くなり西条が謝ってきた。
「…西条、僕は精菜以外と付き合う気はないからな」
「やな。無責任なこと言って悪かったわ…」
許してくれる?と西条が怯えている。
「まぁ…いいよ。二度とふざけたこと言わないならな」
「言わん言わん、絶対。約束する!」
「じゃあいいよ」
「よかった、進藤に絶交されたらどうしよ思た」
「昨日はする気だったけどね…」
「ホンマすまん!」
「で?今日も放課後打つ?」
「そやな。あ、棋聖戦も今日からやん。一緒に並べて検討しよ」
「ああ」
父と緒方先生の棋聖戦・挑戦手合七番勝負。
9時から目白のホテルで第一局がスタートする。
二日碁だから今日は夕方17時までの予定となっている。
家からそう離れてない(20分くらいか?)会場だけど、集中力を切らさない為に今夜は父は家に帰って来ない。
もちろん緒方先生も。
「……」
そうか、精菜また一人か…とか、ふと考えてしまって顔が赤くなる。
いやいやいや、昨日の今日でありえないから。
何だか最近そんなことばかり考えてしまう自分が、ちょっと情けなくなる。
確かにそういう年頃なのかもしれないけど。
父は僕の年の頃、幽霊の佐為に取りつかれていたんだよな…と、ふと思い出す。
考えてることは全て佐為にバレていたらしい。
(すごいな…僕には絶対無理だ…)
父はいつから母のことが好きだったんだろう。
もしかしたら佐為がいなくなる前なのかな。
なら…今の僕みたいに、父も母と色々してみたいとか思っていて、それが佐為にもバレバレだったんだろうか。
(今度聞いてみようかな…)
「西条は明日は手合い?」
「そやで。碁聖の初戦。中村五段と」
「へぇ…頑張れよ」
「ああ」
ちなみに母は明日、社先生と本因坊リーグだ。
いつも上京してきた時はうちに泊まる社先生だけど、流石に今回は泊まらないらしい。
対戦相手だからということもあるけど、父が不在だからということもある。
その辺は父の機嫌を損ねないために社先生はちゃんと考えている。
伊達に15年以上の付き合いじゃない。
「西条、社先生とは会うの?」
「一応今夜お世話になってる先生のところで会うつもりやで」
「よろしく言っておいて」
「ええよ」
結局、棋聖戦第一局は父が2目半差で勝利した。
母も社先生に中押し勝ち。
ついでに言うと、西条は中押し負けとなった。
そしていよいよ――僕も待ちに待った対局、新初段シリーズの日を迎える。
「おはよう、佐為」
「おはよう」
今朝は父が朝食の担当だったみたいで、テーブルには洋食が並んでいた。
新聞(もちろんテレビ欄だ)を読んでる父の前に座る。
「いよいよ緒方先生とだな」
「うん、お父さんみたいに勝てるよう頑張るよ」
「いつも通り打てば結果は付いてくるさ」
「うん。…そういえば彩は?」
彩も今日から女流のプロ試験がスタートするはずだった。
対局が昼からの僕と違って、彩はそろそろ起きないと遅刻するだろう。
父がニヤリと笑って、閉めきった和室を指差した。
「今アキラと一局打ってる」
「え?」
「昨日突然彩がオレらの部屋に来てさ」
アキラとシ始める前でよかったぜ〜と父が余計な一言を付け足す。
『お母さん!明日から毎朝私と打って!』
と宣言したのだという。
「え…それって」
「そ。彩、アキラの弟子になる決心が付いたんだと」
「へぇ…」
和室から碁石の音が微かに聞こえる。
彩もプロになろうと必死なんだ。
僕も今日の対局に最善を尽くそうと心に誓った――
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