●NEW FIRST-STAGE SERIES 3●





「明けましておめでとさん、進藤」

「おめでとう、西条」



新学期が始まった。

人の噂も75日とはよく言われるけど、あのプロ試験合格からまだ50日程しか経ってないのに、僕の周りはまたいつも通りに戻った。

今はもう廊下で噂されてるのをたまに聞くくらいだ。

心底ホッとする。


「この土曜日、いよいよ新初段シリーズなんやろ?」

「うん。楽しみだよ」

「緒方先生なんやってな。俺の時は倉田先生やったわ」

「そうだったんだ。京田さんと一緒だね」



ついに今週末から始まる新初段シリーズ。

第一弾は僕と緒方先生。

第二弾は精菜と父。

そして第三弾は京田さんと倉田先生に決まった。

(ちなみに第四弾は関西棋院のプロ試験を突破した大倉さんという高校生と芹澤先生だ)



「棋聖も本因坊も明日から棋聖戦始まるのに、よく引き受けたなぁ」

「そうだね…まぁ第一局は会場も都内だしね」


今日が前夜祭で明日が1日目。

これから一週おきに、青森、長崎、岩手、箱根…と日本中を上に下に駆け巡りながらどちらかが4勝するまで戦い続ける。


「名人も来週から女流棋聖の防衛始まるんやろ?」

「うん。でもまぁ女流棋聖戦は会場が近くばかりだから、まだ楽だと思うよ」

「へー」


母にとっては勝って当たり前の女流棋戦より、明らかにこの木曜にある本因坊リーグに調子を合わせてきている。

次の対戦相手は社七段。

母も見知った相手だけど、社先生は去年の勝率ランキングが3位と今かなり調子がいい。

どんな対局になるのか僕も今から楽しみだ。


「彩ちゃんも今週末から女流のプロ試験いよいよ始まるんやろ?忙しい一家やなぁ」

「まぁね」

「あ、そうや進藤。聞いて聞いて」

「え?」

「俺、彼女出来たねん」





……。





「…彼女?」

「そ。この前の打ち初め式でな、告られてな。オッケーしてもた」

「ま、マジで?誰?」

「金森女流二段」

「マジで?!」

「だって彩ちゃん好きな奴おるんやろ?ほな潔く諦めて俺も新しい出会い大切にせなな〜思て」


去年の女流枠で入段した金森女流二段。

確か今中3。

ということは西条より2歳年上。


「年上かぁ…」

「そやね」


いいなぁ…とか思ってしまう僕は、今どうかしている。

どうしても先週金曜日のことを思い出してしまうからだ。

精菜にうっかり触りそうになってしまったことを。

(触りそうというか、胸にも少し手を伸ばしちゃったけど…)


結局お互いが高校生になるまではキス止まりでいこうという話になった。

でも精菜が高校生になるまで、あと4年3ヶ月もある。

それに比べて金森女流はこの春からもう高校生だ。

西条がちょっと…いや、かなり羨ましい。


別に体目当てで付き合ってるわけじゃないけど。

でもやっぱり付き合ってると、そういう事もしたいと思ってしまうのが普通だと思う。

あと4年3ヶ月かぁ……長すぎる……



「なんや進藤。俺に彼女出来てショックなん?」

「別に…」

「ほな何でそんなテンション低いん?」

「……」

「お兄さんに話してみ?」

「……笑うなよ?」

「うんうん、約束するする♪」


僕は西条に金曜日の一部始終を話してみた。

最後まで話し終わらないうちに、西条は笑いを堪えきれなくて吹き出してしまっていたけれど……


「ひーあかん。ごめん!」

「やっぱ話すんじゃなかった…」

「だって王子言われてるお前の悩みがそんな下ネタや思わんやん!」

「こっちは真剣に悩んでるんですけど?」

「ま、まぁ4年はキツイわなぁ」

「長すぎるよ…」

「じゃあ、進藤も年上の彼女作ったら?」





…………え?





「一旦別れて、4年間他でちょっと場数踏んでからまた付き合い直したらどうや?」

「……西条、怒るぞ?」

「進藤やったら女や選り取り見取りやろ?何もあんなおっかない父親持つ娘とずっと付き合わんでもいいんちゃう?」

「……本気で言ってんのか?」

「だって、経験してみたいんやろ?」

「……!」


僕は西条に思いっきり軽蔑の眼差しを向けた。

すぐに先生が来て、西条は自分の席に戻り、HRが始まった。














その日の夕方、僕は学校帰りに精菜の家に立ち寄ってみた。

あの金曜日以来…彼女とは会っていない。

どうしようか迷ったけど、思いきって玄関のベルを鳴らしてみる。


『はい』

「あ…精菜、僕だけど…」

『佐為?ちょっと待ってて』


すぐに鍵が回る音がして、笑顔の彼女が顔を出してきた。


「珍しいね、突然来るなんて」

「ごめん…」

「入って?」

「……お邪魔します」


入った後で、今日が平日だったことを思い出す。

精菜のお母さん…帰りいつも遅いんだよな……

緒方先生も今頃父と前夜祭だ……

また二人きり……金曜日の二の舞だ。



彼女の部屋に入った途端、僕はまた――彼女を後ろから抱き締めた。


「佐為…」

「精菜…、僕…辛い…」

「うん…」

「精菜が高校生になるまで4年以上もある…」

「うん…そうだね…」

「そんなに待てる気がしないよ…」

「じゃあ…待たなくて、いいんじゃないかな…」

「だからそういうこと言うなよ…こっちは必死に我慢してるのに」

「別にしなくていいのに…」

「だからっ」


僕の腕を解いた精菜がクルリとこっちを向く。

耳まで真っ赤な彼女の顔。

僕も連れて赤くなる。


「じゃあ、ちょっとだけ…先に進もう?」

「え…?」

「キス以上、アレ未満なこと…しよう?それならいいでしょ?」

「……」



キス以上……アレ未満?











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