●NEW FIRST-STAGE SERIES 2●
神社に到着した僕と精菜は、二人で今年二度目のお参りをする。
僕の願い事はやっぱり囲碁のこと。
今年一年…また満足のいく碁がたくさん打てますように――と。
「佐為、何お願いしたの?」
「秘密」
「え〜どうせ囲碁のことでしょ?新初段シリーズでお父さんに勝てますように?」
「はは」
僕の新初段シリーズの相手は緒方先生に決まったけど。
精菜の相手は父…らしい。
ああ…だから今朝、出かける時に父は「精菜ちゃんに『よろしく』言っておいて」と言ってたのかと理解する。
父は既に知っていたのだ。
指名したのだろうか?
「お父さん…精菜との対局指名したのかな?」
「打ち初め式で、天野さんに話を持ちかけられたらしいよ」
ちょうど緒方先生と父が話していた時のことだったらしい。
『進藤先生も今年はお願い出来ないかな?新初段シリーズ』
『…佐為は緒方先生が担当するんですよね?じゃあオレ、精菜ちゃんならいいですよ、出ても』
助かるよ!ありがとう!と去っていく天野さんを尻目に、父は緒方先生に鋭い視線を向けたらしい。
『ほう…進藤が精菜の相手か』
『ええ。だから先生、佐為をあんまりイジメないでくださいね。もしイジメたら…どうなるか分かってますよね?』
『精菜を人質に取る気か』
『やだなぁ…大袈裟ですよ。楽しくいきましょ』
火花が散っていたらしい。
まるで棋聖戦の前哨戦のようだった――と周りは思ったのだとか。
そう――来週から始まる棋聖戦・挑戦手合七番勝負。
12月にあったトーナメント最終戦で勝ち、父は見事挑戦権を獲得していた。
去年の名人戦のように、今度は父と緒方先生の長い戦いがもうすぐ始まる。
「佐為、お互い頑張ろうね新初段シリーズ」
「うん…そうだな」
神社のお参りを終えた僕らは、近くのカフェに入った。
慣れない草履の精菜を休ませる為だ。
注文したココアに精菜が口付ける。
それにしても……可愛い。
元々美人ではあるけど、振袖を着たら更に美しさに拍車がかかり、可愛さは5割増しだ。
「一局打つ?」
と提案する。
「いいよ」
「精菜んち行ってもいい?」
「うん」
もちろん打ちたい気持ちも少しはあるけど。
それより早く二人きりになりたくて提案した対局だ。
カフェを早々に後にした僕らは、元来た道を戻り、再び彼女の家に戻ってきた。
「ただいま」
と精菜は習慣で挨拶するけど、僕は今この家に誰もいないことを知っている。
なぜなら今日は金曜日で、僕らは冬休みだけど、精菜のお母さんは仕事だからだ。
そして金曜日と言えば、塔矢門下の研究会の日なんだ。
研究会は朝10時から夕方まで行われる。
つまり緒方先生も今は祖父の家だ。
精菜の部屋に着き、ドアを閉めた途端に――僕は彼女を抱き締めた。
そのまま口と口を合わせてキスをする――
「――……ん……、ん……」
しばらく口内を探り合う深いキスを続けた後、僕は少しだけ目を開けて彼女の表情を確認した。
閉じられた瞼、長い睫毛。
頬はほんのり赤く火照っていて、眉は少しだけ困ってるように傾いている。
もう少しだけ…困らせてやろうかな、とか思い付いてしまうからヤバい。
相手はまだ小5の女の子なのに。
でも今日は化粧をしてるから小5に見えない。
だから勘違いしてしまう。
「――…は…ぁ…」
口を離した僕らは、しばらくの間見つめ合う。
駄目…だよな、やっぱり。
絶対駄目だ。
頭では分かってるのに、体は言うことを聞いてくれなくて。
僕の口は勝手に今度は彼女の頬に口付ける。
そして耳に、そして…首筋に。
「……ぁ…、…佐為…?」
駄目だって分かってるのに、彼女をベッドに座らせる。
肩に触れていた手が勝手に胸に移動する。
もちろん普通の服と違って、着物は生地が厚い。
柔らかさなんて全然分からない。
ただ少し膨らんでるな、とか感じるだけだ。
「あの…佐為」
「ん…?」
「……」
真っ赤になった精菜が、上目遣いで不安そうに僕を見てくる。
「……私、着物…脱いだ方がいい…?」
「え?あ…いや、………ごめん」
我に返った僕は、どうかしてました…と彼女から手を離した。
一歩離れる。
「私…別にいいよ…?」
「いや、駄目だよ…やっぱり。早すぎる…」
「じゃあ…いつなら、いいの?」
「分からないけど、たぶん…精菜が高校生くらいにはならないと…」
「……それまで、キスだけ?」
「うん…そうなるよな、やっぱ…」
「……そう」
どんなに大人っぽく着飾っていても、現実はまだ小5の精菜。
僕だってまだ中1だ。
あの父ですら、17まで我慢したんだ。
僕らもせめて高校生くらいにはなる必要がある。
気が遠くなるくらい先だけど。
それが早くから付き合うことの一番の欠点なのかもしれない。
付き合い始めてもう2年半。
でもあと4年以上我慢しなければならない。
果たして出来るだろうか?
「じゃ、打とうか…」
「……うん」
碁盤を挟んでお互い向き合った。
振袖で碁盤の前に座ると、何だか新春のイベントを思い出させる。
精菜も来年からはそういうイベントに出る機会もあるだろう。
今は僕だけが独占しているこの彼女の晴れ着姿を、来年からは大勢の人が見ることになるのだと思ったら…ちょっとだけ嫌な気がした。
(僕って独占欲強かったんだな…)
「僕は精菜が大事だから…時期が来るまで待つよ」
「……うん」
「でもまた誘惑に負けそうになったら、拒否してほしい……本気で」
「……無理だよ」
精菜が悲しそうに笑ってくる。
「だって、私は一日でも早く佐為のものになりたいもん…」
「精菜…」
「佐為が好きだから…本当は今すぐだって、受け入れれるよ…きっと」
「……」
「だから、拒否は出来ない。ごめんね…佐為任せにして」
「……」
僕は理性をフル動員させて、なんとか一局打ち終わった後、逃げるように家に帰った――
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