●NEW FIRST-STAGE SERIES 14●
「コーヒー冷めちゃったな」
「そうだね…」
服装を正した僕らは一局打つことにした。
ぬるくなってしまったコーヒーを一口飲んでから、お互い頭を下げた。
「「お願いします」」
パチパチと石を置きながら、週末について話してみる。
「次の新初段シリーズは京田さんと倉田先生だな」
「佐為、一緒に見に行こうよ」
「うん。じゃあ正午ぐらいに迎えに来てもいい?」
「うん」
京田さんはもちろん倉田先生とは打ったことがないらしい。
現在天元のタイトルを保持している倉田先生。
天元の五番勝負は毎年秋に行われている。
今年の本戦は既にスタートしていて、両親も来月に一回戦が予定されている。
本戦に出る為にはもちろん予選を勝ち上がらなくてはならない。
予選は4月にスタートする。
もちろん僕や精菜も出ることになる。
プロになっての初戦は一体どのタイトル戦になるんだろう。
誰と戦うんだろう。
今から楽しみで仕方ない――
「今週末も彩はプロ試験か…」
「今のところ全勝してるね」
「みたいだな」
「あ、そういえば次の土曜の相手は海王中の子らしいよ」
「……それって内海さくら?」
「…!よく知ってるね…」
精菜が顔を上げてきた。
「うん、11月の終わりに打ったから」
「……どこで?」
「学校で。囲碁部の副部長に彩との差を計ってほしいって頼まれて」
「……で?どうだった…?彩より強かった…?」
「まさか。でも才能はあるよ。本気でプロになりたいなら、一日でも早く院生になった方がいいってアドバイスはしたかな…」
「……」
精菜の指が止まる。
「……内海さん…1月から院生だよ」
「そうなんだ?受かったんだな」
「……可愛い子なの?内海さんて」
「え?」
精菜が不安そうに僕を見つめてくる。
可愛いなぁ…。
「精菜の方が100倍可愛いよ。いや、1000倍?」
「本当…?」
「うん」
不安を消してやる為に、僕は碁盤越しに顔を近付けて――キスをした。
チュッと音の出る、一瞬だけ触れるキスだ。
「心配しなくても、もう二度と打たないから」
「……うん」
「家族以外で僕がプライベートで打つ女の子は精菜だけだよ。プロになっても、ずっと――」
「うん…――」
1月28日。
新初段シリーズ第三弾、京田さんと倉田先生の対局の日。
僕は精菜と一緒に棋院にやってきた。
開始15分前に控え室に到着すると、「よう、佐為」と既に父がいた。
「お父さんも来たんだ」
「そりゃ京田君は弟子だからな〜」
僕が父の前に座り、精菜は横に座った。
「先週は楽しかったね、精菜ちゃん」
「はい。ありがとうございました」
全然楽しそうに打ってなかったくせに、と内心突っ込む。
精菜にしてやられて最後本気で焦っていた父の顔を思い出す。
カチャ…
ドアが開く音がしたので、次は誰が来たんだろうと振り返ると――彩だった。
「よかった、間に合った〜」
とご機嫌に父の横に座った。
「彩、プロ試験もう終わったのか?」
父が問う。
「うん、中押し〜」
今日の相手は例の海王の内海さんだったはず。
やっぱり到底及ばなかった訳か…と思っていると、精菜が彩にこそっと何やら尋ねた。
「言ってくれた?」
「もっちろん。泣きそうな顔してたよ」
くすくす二人で笑い出した。
「…何の話?」
「佐為には関係ない話だよ♪」
にこっと精菜が笑った。
ふーん?
すぐに京田さんと倉田先生が幽玄の間に入ってきて、そして対局が始まった――
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