●NEW FIRST-STAGE SERIES 11●





対局開始10分前。

父と精菜が幽玄の間に入ってきた姿が、モニター越しに確認出来た。



『そういえば精菜ちゃんと打つの久しぶりだね』

『はい、よろしくお願いします』


二人の会話はハッキリとテレビから聞きとれた。

僕と緒方先生の会話もこんな感じで丸聞こえだったのか…と冷や汗が出る。


『精菜ちゃんには一度ちゃんとお礼を言わなきゃと思ってたんだ』

『え?お礼…ですか?』

『いつも彩と仲良くしてくれてありがとう』

『やだおじさま。私が彩が大好きだから一緒にいるんですよ』

『でも彩の趣味にも結構付き合ってくれてるだろ?碁会所巡りとか…マンガとか』

『私も楽しんでるからいいんです』

『…オレと佐為の間でちょっとあった時も、精菜ちゃんがいてくれたから、すぐ仲直り出来た』


ありがとう…と父は頭を下げていた。


『おじさま…』

『精菜ちゃんは…佐為のどこが好き?』

『え…!』

『だってアイツ、結構冷めた奴だろ?どこが精菜ちゃんのハートを射止めたのかな〜って、ずっと気になってたんだ』



何なんだこの会話は……

めちゃくちゃ気になる……


チラリと緒方先生の方を見ると、ものすごい形相でテレビを睨んでいた。


「ちっ、進藤の奴…」

と舌打ちしていた。



『どこ…かなぁ』

『顔?』

『やだおじさまったら。私、佐為が例え不細工でも全然オッケーですよ?』

『そうなんだ。じゃあどこ?』

『んー…どこって言うんじゃなくて、一緒にいると落ち着くんです』

『うんうん』

『小さい頃からいつも一緒にいたから、遠慮とかも全然ないし…気を使わなくていいし』

『ふぅん…』

『バカ真面目なとこも、努力家なとこも、実はちょっと性格が悪いとこも全部…大好き』




……精菜……




『佐為のこと…よく分かってくれてるんだね』

『でも、これからちょっと不安かな…』

『不安?』

『佐為…モテるから。入段したらもっと大変なことになりそうで…。佐為のことは信じてるけど…不安でたまらない。いつか…私、捨てられちゃうかも…』

『あり得ないね』


父が僕の代わりにキッパリと否定してくれる。


『そんなことあり得ないから。安心して』

『おじさま…』

『佐為自身が一番よく分かってるから。自分には精菜ちゃんが必要だって』

『……』

『自信持って。オレ、精菜ちゃんが娘になってくれる日を楽しみにしてるから』

『……はい』

『じゃ、そろそろ時間だね。始めようか』



立会人の人が合図して、二人は

「「お願いします」」

と頭を下げた。


すぐに精菜が一手目を放ち、テレビ越しにシャッター音が鳴り響いた。










「ったく、先週の仕返しのつもりか」


緒方先生がタバコを灰皿にグリグリと押し付ける。


「精菜を不安にさすとはいい度胸だな」

「…すみません」

「精菜を捨てたら殺すからな」

「あり得ません」

「……ほう」

「絶対に。あり得ませんよ」

「言い切ったな?」

「ええ。自分に必要なものくらい分かってます。だから先週、先生にお願いしたんですよ?」




――精菜を僕にくれますか?――




「僕、勝ちましたよね?」

「…ああ」

「先生、好きにしていいって言いましたよね?」

「…確かに言ったな」

「じゃあ、部屋に上がり込んでちょっと触るくらい許して下さい」

「賭ける前から上がりこんでるだろうがお前は!」

「先生の許しが欲しいんです」

「ちっ…勝手にすればいいだろう」

「ありがとうございます」

「確かに精菜の言う通り、ちょっと性格が悪いみたいだな…」

「精菜はこんな僕も気に入ってくれてるみたいですけどね」


はっ、と鼻で笑われる。


「俺に向かっていい度胸だな…。さすが進藤の息子だ」

「母の息子でもありますから」

「ああ…アキラ君も俺に向かってよく生意気な口をきいてきたな。そっくりだよ…」

「ありがとうございます」

「褒めてないからな」











結局、精菜は2目半差で父に勝った。

検討や取材を終えた彼女が検討室に帰ってきた。


「佐為…聞いちゃった?」

と顔を赤めて――


「うん、もうバッチリね」

「やーん、もう恥ずかしい。だっておじさまが誘導尋問してくるんだもん〜」

「精菜、あり得ないからな」

「え?」

「僕、一生精菜の傍にいるつもりだから…」

「佐為…」

「精菜…」


手を握り合って、僕らは徐々に顔を近付けていった。

もちろん

「ちょっとちょっと〜!?はいストップストップー!みんな見てるよ!」

と今日のプロ試験を終え合流した彩に阻止されたけど。


「じゃ…僕の部屋に行こうか精菜」

「うん♪」


手を繋いで仲良く出ていく僕らを見て、緒方先生が彩に邪魔するよう袖の下を渡したのは言うまでもない話――










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