●NEGLIGENCE 1●





「佐為、来ちゃった♪」

「精菜……!」



油断した!――としか言いようがない。

まさかここまで来るとは思ってなかったのだ。

そりゃあもし彼女が今回の大盤解説の聞き手だったなら、僕だってもちろん少しは期待してきちんと準備して来ただろうけど。

兎にも角にも……どうしよう――


「佐為…?どうしたの?入ってもいい…?」

「あ……うん。どうぞ?」



天元戦挑戦手合五番勝負・第四局。

僕はタイトルホルダーである倉田先生と共に札幌に来ていた。

9時間にも及ぶ激闘の末勝利を掴み、2勝2敗のイーブンに戻すことになんとか成功した。

検討と取材、更に夕飯を兼ねた打ち上げを終えて部屋に戻って来た頃には既に22時を回っていて。

後はお風呂に入って寝るだけ……の予定だった。

けれど、まずは着替えようと上着を脱いだところでベルが鳴る。

誰だろうとドアを開けると――そこに立っていたのは恋人である精菜だった――





「どうしても近くで応援したくて。今日休みだったから来ちゃったv」

「……」

「やっぱり迷惑だった…?」

「いや…」

「じゃあ何でそんなに離れてるの…?」

「え?そ、そりゃあ……」


傍に寄ると我慢出来なくなるから……と僕は小さく呟いた。

僕と精菜の間には今2メートルの距離がある。

彼女が一歩僕に近付くと、僕は一歩離れた。


「……?どうして我慢するの?疲れてそんな気分じゃない…?」

「いや、そういうことじゃなくて…」

「じゃあどういうこと?」

「……」


どうもこうも……単に持って来てないからだ。

いくら僕でも常に持ち歩いてるわけではない。

精菜がいない時は全く必要のないものだからだ。

今からでも買いに行けたらいいんだけど、こんな時間に薬局が開いてるとは思えない。

もちろんコンビニにも売ってるし、このホテルにもコンビニは入っていたはずだ。

でも僕は今日タイトル戦でここにいるのだ。

つまり……当然今このホテルには関係者が大勢泊まっているわけで。

コンビニになんか行ったら絶対に誰かと鉢合わせるだろう。

(絶対に買いになんか行けない……)



「私…やっぱり自分の部屋に戻ろうか?」

「え?な、何で…?」

「だって佐為…今困ってるでしょう?」

「そりゃ困ってるけど……精菜のせいじゃないよ」

「本当に迷惑じゃない…?」

「もちろん」


僕は精菜を安心させる為に仕方なく傍に行き、彼女の体を即座に抱き締めた――


「佐為……」

「………」



……いい香りがする……



お風呂に入ってからここに来たんだろう。

彼女の体からは湯上がり独特のいい匂いがした。

もちろん途端に僕の気持ちはグラつく。

我慢出来なくなる。

ただでさえ対局の後で高ぶってる状態なのに、彼女に触れてしまっては気持ちが抑えれる訳がなかった。


「精菜……」

「……ん……」


顔を傾け熱いキスをする。

そのまま促すように彼女をベッドに腰掛けさせた。

僕も横に座り、しばらく口内を探り合いながら……どうしようと本気で焦る。

もう止まらない気がした。

抱きたい。

このまま押し倒したい。

でも、無いということは必然的に二択になるのだ。


昔みたいに触り合うだけで我慢するか――ナマでするか。



「……は…ぁ…佐…為……」


唇を離すと、彼女が僕の胸にぎゅっと抱き付いてきた。


「好き……佐為…」

「うん……」

「大好き……」

「……うん…」

「だから……しよ?」

「………うん」


彼女に手を取られ、ベッドの中央に僕らは移動した――









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