MEIJIN おまけ 2●

佐為に63でネット碁で負けた院生視点です




(ああ……イライラする……)



プロ試験、9日目。

俺は大事な一局を前にイライラしていた。


「吉永、どした?」

あまりに眉間にシワを寄せてたからか、院生仲間の長谷川が声をかけてきた。

「いや、ちょっと、ネット碁でボロ負けして…」

「え?マジ?お前が?」

「……」

 

 


一昨日、俺は朝からネット碁をしていた。

試験前の最終調整のつもりで。

午前中の2局はどっちも快勝。

昼メシ食べた後、午後からもご機嫌にネット碁アプリを立ち上げた


今期プロ試験、俺は今のところ全勝だった。

他に全勝の奴は既にいなくて、今年こそ絶対合格するつもりだった

その為に高校だって中退したんだ――囲碁に人生をかける為に。


それなのに……


(冗談だろ…、何なんだよコイツ…)


(この俺が押されてるどころじゃないだと…)

 


130
手の短手数でKO負けしてしまった。

呆然とはこのことだ。

しかもコイツ、ご丁寧に俺が打った手に対して一つ一つ感想言ってきやがって。

アドバイスまでしてきやがって。

それがまた的確だったから、余計に頭に血がのぼった。

何様だよ……


『エラそうに!んなこと言われなくても分かってるっての!何様のつもりだよ!』


気付いたら俺はこんなメッセージを送ってしまっていた。

だけど返事はない。

それがまたムカついて。


『俺は院生だぞ!』

とまで送ってしまった。

すると相手から予想だにしない返答が返ってくる。


『だから何だ』

『僕はプロだ』

『出直して来い』


と―――

 


はあああああ???

 

 

 


「―――てことがあってさ……」

「へー、相手プロだったんだ。そりゃお前が負けるわけだ」

「くそ…、誰だよ」

「相手のハンドルネームは?」

「えーと……、確か『sai』だったかな…」


長谷川の表情が固まる。


…え?何?


「お前…『sai』に何様とか言っちゃったのかよ…」

「え?お前『sai』知ってるのか?」

「知ってるも何も――」


この方だよ!!


長谷川が携帯でYouTubeを立ち上げてを見せてくれる。

それは現在甲府で行われている名人戦・第7局。

塔矢アキラ名人VS進藤佐為十段の中継動画だった。


「え?『sai』…って、佐為?進藤十段?マジで?」

「大マジだって」




ええええええーーー?!




(そりゃ俺がボロ負けするわけだよーー!!)


(足下にも及ばないわけだよーー!!)


(ぎゃー進藤十段に向かって何様だよ!だなんて言っちゃったよー俺こそ何様のつもりだーー!!)

 

 

 

 


俺はその後、プロ試験に無事合格する。

後日、書類を受け取りに棋院に行った帰り、偶然、進藤名人とエレベーターを使うタイミングが被る。

(結局進藤十段は第7局を制し、名人となったのだ)


ど、どうしよう…、俺、階段で降りるべき?


突っ立っていると、先にエレベーターに乗り込んだ名人に、

「乗らないの?」

と聞かれてしまう。


「の、乗ります!」


進藤名人とエレベーターで二人きり……気まず過ぎる……


でも、チャンスだと思った。

 


「あの…、すみませんでした!」

「え?」

「名人が覚えてるか分からないんですけど、名人戦の第7局の前に俺、ネット碁で名人に負けて…、俺『saiが名人だったなんて知らなくて、失礼なメッセージを…!」

「ああ…、何様だよ、って?」


(ひーー!!覚えられてたーー!)


「すみませんでした!あんな的確なアドバイスいただいたのに!あのアドバイスを元に俺、プロ試験でちょっと打ち方直して…、そしたら合格出来て…、本当にありがとうございました!!」

「プロ試験受かったんだ。おめでとう」

「ありがとうございます!!」

「じゃあ…、出直してみる?僕、今時間あるんだけど」

「―――え?」

 


ようやく1階まで着いたエレベーターを再び5階まで上り、検討室に連行される。

碁盤の前に座らされる。

「先手でどうぞ」と――


え?お、俺…、今とんでもないことになってないか…?


何で名人と対局してるんだ…?


誰か助けて……

 

 

 


「負けました……」


再び今度は120手で負けてしまった俺。

(前回より悪い…、完全にオーラ負けだ…、名人を前にして力を発揮できるわけがないし……)


「ふむ…」

と名人が手を口元にあてる。


「ここのダメをつめていれば、こう8の八から押すことで十分に打てたはずだよね」

「あ…、そうか。気付かなかったです…」


その後も的確なアドバイスをくれる名人。

聞いた話によると、ネット碁でもいつもこうらしい。

どんなに悲惨な内容で終わってもきちんと感想戦をしてくれて、次に繋がるアドバイスをくれると。

だから『sai』は人気があるのだと…、『ネット碁界の神様』なのだと……

 


「ありがとうございました」


最後にお礼を言うと、名人も

「ありがとうございました」

とこんな新初段にも丁寧にペコリと返してくれた。


(この人が人気な理由は顔だけじゃないんだろうな…)


俺は17歳だ。

そして、名人も同じ17歳。

同級生だ。

(どう見ても17歳のオーラじゃないけど…)


「プロになったからには言動には気を付けて」

「あ…、はい。あの時はすみませんでした、ついカッとなってしまって…」

「じゃ、4月から頑張って」

「はい!ありがとうございます!いつか名人と公式戦で打てるよう励みます!」

「うん。楽しみにしてる」

にこりと笑って、名人は部屋を出て行った。

俺はしばらく動けなかった。

 


「これが碁界のトップかぁ……」



あり得ないくらい強い。


でも――燃える。


名人と公式戦で戦う為には予選をまず突破しなくてはならない。

恐らく何年もかかると思うけど、いつか絶対戦ってみせる。

あの人ともう一度盤を挟んでみせる。

 


「よし!頑張ろ!」


俺も立ち上がって検討室を後にした――

 

 


END



 

 

以上、佐為にぼろ負けした院生君視点でした〜。
的確なアドバイスをしてプロ試験にも合格させちゃう佐為です。そうですよねー17歳って言えば本来ならまだプロ試験に受かるかどうかの歳だよねー。
精菜は佐為のことを秀才型と言ってましたが、ただの秀才が17歳で名人になれるわけがないので、やっぱり天才なんでしょうね、佐為は。