MEIJIN 66〜精菜視点〜





名人戦挑戦手合・第7局、2日目。

決着の朝を迎えた。

 

8時に起きてダイニングにいくと、珍しく両親が揃っていた。

もちろん会話をしてるわけではなく、お父さんは携帯を弄り、お母さんはタブレットを操作していたのだけど。


でも私が「おはよう」と挨拶すると、

「「おはよう精菜」」

とハモって返してくれた。

お母さんが作ってくれていた朝食を食べ始める。


「名人戦、どっちが勝つかな」

と父が呟いてきた。


「…お父さんはどっちに勝って欲しいの?」

「そりゃあアキラ君だろう」

「……」

「精菜は佐為君押しか?」

「当たり前なこと聞かないでくれる?」


父を睨むと、肩を竦められた。


「まぁ本心ではどっちでもいいがな」

「そうなの?」

「ただ佐為君が奪取した場合、あの若造が更に調子に乗るのが目に見えてるから気に入らないだけだ」

「別に佐為は調子になんて…」

「いいや、乗ってる。奪取したことをいいことに十段戦の時は俺の精菜を……」


だんだん目が座ってくる父。

確かにもしあの十段戦で負けていたら、私達は体を合わせなかっただろうか…。


答えは、否。

どっちにしろ合わせていただろう。

もともとそういう約束だったからだ。

私が高校生になったら、一線を越えようと――



「佐為はこの半年間、充分ってくらいタイトルホルダーとしての責務を全うしてきたよ。その点は褒めてあげてよね」

「まぁ…、確かにな」


朝食を食べ終えた私は、両親に告げる。


「私、今日も明日ももうご飯いらないから。今から甲府行ってくるからね」


両親が同じ顔を向けて来たので、ちょっとだけおかしかった。

そんなに驚くこと?


 

 

 

 


午前9時まであと10分という時間になって、私は部屋のテレビを付けた。

YouTube
で名人戦のチャンネルを選択する。

まだ対局が始まってもいないのに、同接5000人は超えていた。

下座で名人の入室を待つ佐為。


(昨夜はちゃんと寝れたのかな…)

(今夜は一緒に寝るのかな…)


その様子を想像すると、ちょっと顔が火照る。

3
時には会場ホテルに着きたいので、12時くらいに家を出発しようかな。

お昼ご飯は特急の中で駅弁をいただこうと思う。

 

 



「おはようございます」


9
時ギリギリの時間になって、名人が入室してきた。

鋭い視線で向き合う二人。


すぐに9時になり、立会人が

「時間になりましたので、封じ手の局面まで並べ直してください」

と告げる。

両対局者が87手目まで並べ終えるのを見届けてから

「封じ手を開封します」

とハサミで封筒を開けた――

 



2の十四か…)

 


封じ手の一手を佐為が盤上に静かに置く。

立会人が開始を告げる。


「対局を再開してください」

 


「「お願いします」」

 


運命の2日目がスタートした――

 

 

 



パチッ


名人が報道陣の退室を待ってから、1の十三と受けた。

当たり前の一手だけど、佐為は直ぐには打たなかった。


日本庭園に面した離れの対局室。

鳥のさえずりだけが響く。

佐為はしばらく庭園を見つめていたが、やがて2の十六へ打った。

 


(難解な手で行く気だ…)

 

その後も一手一手、時間をかけて進めていく彼。

5
の十五までで、名人が9子を手の内にし、目にも鮮やか。

佐為は劣勢を自覚してるんだろう。

 


パチッ


10
の十三を放った佐為。


ここから異次元の打ち回しが始まるなんて、この時は誰も想像出来なかった――


 

 

 

 

 


「進藤十段が今放った10の十三だけど、かなり不気味だな。もちろんいい手なんだけど、この劣勢の状況で選べるもんなんだ…」


10
時になり、大盤解説会も再開した。

倉田天元も奈瀬女流も佐為の打った手に苦言を示す。


「普通なら17の十七でツケるべきですよね」


佐為が打った手は所謂、悪手だからだ。

疑問手とも言う。


「何かあるんでしょうかね?」

「名人も長考しそうだな…。先に抽選会しちゃうか!」


倉田天元の一言にスタッフがバタバタと準備し出す。

天元の予想は当たっていて、名人はそれから1時間以上の長考に入った。


そして放たれた手は16の十六――隅を確保した。


「進藤十段は12の十六と来たか」

「ツケてきましたね」

「名人の11の十七は妥協を排除した強気な手だな」

「ここで十段がどう来るか…」


長考を重ねる両対局者。

ここで昼食休憩に入った。

 


私もそろそろ出発しなければならない。

スーツケースに着替えとお泊りセットを詰めて、家を出発した――

 

 

 

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