MEIJIN 65〜精菜視点〜





「美味しいねこれ!お代わりある?」



佐為の午前のおやつを試食している、倉田天元の映像が中継で流れた

「いっぱいありますよ〜」

と横からお代わりを出して来るのが、聞き手の奈瀬女流。

佐為ファンに大人気のベテラン女流だ。

既婚で両親とも親しいとなれば、安心感しかないからだろう。

中継動画は今は三分割されていて、一つは対局室の様子、一つは盤面を映し、そして最後の一つが大盤解説会を担当するこの二人の映像だった。

 

「塔矢も誇らしいでしょうね、自分の子供とタイトル戦で戦えるなんて」

奈瀬女流が名人の頼んだコーヒーに口付けながら天元に同意を求める。

「んー、内心は分からないけど。塔矢も負けず嫌いだから、絶対に負けたくないとは思ってるだろうな」

倉田天元が3つ目の生信玄餅をモグモグ食べながら答えた。


「倉田先生は塔矢名人とは北斗杯の時からの仲だと思いますけど、進藤十段とはどうなんですか?」

「進藤と塔矢の子供として小さい頃から顔は知ってたし、アイツらの家に行った時は打ってたけどね。彼がプロになってからは公式戦で当たるぐらいかなぁ」

「あっという間にリーグ入りしちゃいましたもんねー。さすが二人の子供っていうか」

「いや、それは関係ないよ。あの強さは佐為君の努力の賜物だと思うね。もちろん天性の才能もちょっとはあるんだろうけど」

「へー」


倉田先生は佐為をよく分かっている。

佐為のことをよく知らない人ほど、彼のことを『天才』で済ませる

もちろん両親から受け継いだ才能もあるんだろうけど、それ以上に佐為は自分に厳しく、小さい頃から決して鍛錬を怠らなかった。

彼は実は『秀才』タイプだ。


「さすがに緒方先生から十段を奪取した時は驚きましたよねー」

「まぁ遅かれ早かれって感じだったけどな。やっぱり進藤についに公式戦で勝ったことが飛躍の一助だったのかもね」

「それまで6連敗してましたもんね。いくらなんでもあの強さでそんな差がつきます?」

「相性の問題かなぁ。佐為君が無意識のうちに苦手意識を持ってたのかもね。小さい頃から散々負けて、脳に刷り込まれてたとか」

「小学校に入ったくらいからずっと互先で打たされてたそうですからね。タイトルホルダー相手に厳しすぎでしょ。進藤って実はスパルタ?」

「それだけ期待してるってことだろうな。名前からしてアレ付けるぐらいだし」

「ああ…、ネットの最強棋士の名前ですよね」


佐為の名前がsaiから付けられたことは、仲間内では有名な話だ

(佐為本人はプロ試験のあの日まで知らなかったみたいだけど…)


「今は佐為君がネット碁でsaiを引き継いでるよね。オレも一回打ったよ」

「あの100人斬りは面白かったですよね。最後の方は皆カウントダウンしてましたもん」

「まぁ100人斬りっていうか、100人指導対局みたいな感じだったけどな」

「確かに〜。進藤十段ってサービス精神旺盛ですよね。無料ですもんね」

「プロとしてはどうかと思うけどな」


二人のトークは面白く、同接2万人を超えていた。

そのまま昼食休憩になり、対局者二人の姿が中継から消える。

倉田天元は「二人の昼ご飯は無いの?それも試食してあげるよ」と更に食べるつもりらしい。

スタッフが慌てて運んでくる。

塔矢名人が注文したのが天ぷら蕎麦御膳で、進藤十段が注文したのがカレーうどん御膳だ。


「塔矢はやっぱり和食かー」

と蕎麦をズルズル。

「ここのカレーうどん美味しいんだよなー」

とうどんもズルズル。


「私にも下さいよー」

と嘆いた奈瀬女流が、御膳に付いていたいなり寿司とデザートを貰っていた。

ちょっと大食い番組を見ている気分だ。

 

「午後からの展開はどうなりますかねー」

「塔矢ここ数手長考が続いてるよな。今消費時間どんな感じ?」

「塔矢名人が1時間45分使って、進藤十段が58分ですね」

「へー。まぁまだ互角の範囲かな。でも昼からはもっと使うと思うよ」

「そうなんですか?」

「佐為君が9の四と白3子を捨てて攻めて来たからね。さすがに塔矢も予想外でしょ」

「黒の生きがはっきりしないうえ、中央進出も簡単じゃなくなりましたもんね…」

「うん。オレなら30分は考えるね」


昼食休憩再開後、倉田天元の予想通り、名人は30分の長考に入った。

6
の七と打ったが、7の八とカケられて、再び今度は40分の長考に沈む。


そうこうしている間に大盤解説会がスタートし、自宅に帰って来た私は今度はTVとタブレットの2デバイスで行方を見守ることにした。

もちろんTVが対局室の映像だ。

TV
だと大画面だから、佐為の表情もよく見える。


名人が40分以上長考して放った6の五の妙手に、彼の目が見開く

6
の五はAIの推奨手だ。

でもそれは人間的には一流棋士でも発見は容易ではない手。


「塔矢の奴すごいね、6の五を本当に打つなんて。時間をかければたどり着くものなんだな」

と倉田天元も感心していた。

佐為は7の七と応対したが、9の六で脱出をはかられる。

生きられると3子を損してしまう佐為は8の九と打ち、15の六とツケるしかなかった。

 



「白は収拾が難しいよね。そろそろ自分が悪いことに十段も気付いたと思うよ」


午後4時を回った頃には、佐為の評価値は40%にまで落ち込んでいた。

でも恐らく人間的にはもっと悪い。

もっと悲観してると思う。

 


6
時になり、今回は佐為が封じる。

彼の表情は昼からずっと固いままだ。


やや名人が優勢の局面で1日目は終了した――

 

 

 

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