●MEIJIN 61●〜精菜視点〜
「「お願いします」」
佐為と京田さんの本因坊リーグが始まった。
私はまた休み時間に携帯でチェックしていた。
目の前にいる彩はもちろん、恋人である京田さんの応援だろう。
「あ〜ドキドキする〜〜」
と彩も自分の携帯で行方を追っていた。
「でも京田さん…、公式戦ではお兄ちゃんに勝ったことないんだよ
「…そうだね」
二人が初めて公式戦で戦ったのは、入段してから3年後の王座戦・本
入段当初から勝ちまくり、ほぼ全ての予選を突破してしまった佐為と
京田さんにとって、初めて最終予選を突破して本戦に出場したのが
まさか初戦で兄弟子と戦うことになるとは思いもしなかっただろう
当然のように、その対局は佐為が勝利した。
それ以降、数々の棋戦で顔を合わせることになる二人だけど、今の
私や彩も含め、同期となる私達4人。
入段して既に4年半が経過しているが、私達の格付けは既に済んで
進藤佐為十段。
京田昭彦七段。
緒方精菜五段。
進藤彩三段。
段位だけでも一目だ。
(十段はタイトルなので、佐為は段位的には実際は八段だ)
そして今、名人と王座というダブルタイトル戦を両親と戦っている
両方を奪取すれば三冠。
もちろん九段昇段。
マスコミ的にはその展開をもちろん期待していて、最終局が近付く
(今日のお昼のワイドショーでも特番あるんだよね…、もちろん録
最終局前の最後の公式戦となる今日の対局会場にも、あり得ないく
画面越しに観てる私にすらその様子が見て取れた。
対局開始前〜開始後数手進むまでは、対局室にカメラマンや記者が
もちろん死角になる場所に彼らは控えている。
でも数手進んで、マスコミ全員が対局室を出ていかなければならな
(ぞろぞろ多すぎでしょ…、一体何十社いるのよ…)
でも佐為の目は彼らに一切見向きもしないで、ずっと碁盤を見つめ
すごい集中力だ。
一緒に研究して、お互いの手の内を知り尽くしてる佐為と京田さん
特に序盤の研究量はお互い半端なく、開始1時間であっという間に
とても持ち時間5時間の対局とは思えない。
そして京田さんが放った81手目――17の十六で佐為の手が止ま
京田さん得意の妙手――新手だ。
囲碁AIが躍進する昨今では、毎年のように新手、新定石が生み出
この一手の対応で時間を使わされると終盤で時間に追われるハメに
しばらく盤面を見つめていた佐為だけど、2分と経たず16の十三
(よく手が見えている。佐為、調子良さそう…)
前回の名人戦第6局の時は苦戦していた彼だが、この手が一瞬で見
「起立」
先生が入ってきて次の授業が始まったので、私は仕方なく携帯を片
実は昨日の夜、佐為から電話がかかってきた。
『精菜…、次の土日って空いてる?』
「土日?特に予定は無いけど…」
電話の向こうの佐為が何を言おうとしてるのか、私は一瞬で理解し
この金土は名人戦の最終局なのだ。
つまり佐為は、名人戦が終局した後、一緒に夜を過ごそうと誘って
――十段戦の時みたいに――
途端に頬がほんのり赤くなるのを感じた。
「佐為…、私、もしかしてこれから佐為のタイトル戦の最終局の度
『…ダメ?』
「…別にいいけど」
『よかった。部屋は精菜の名前で予約してあるから。対局が終わる
「…いいよ」
用意周到な彼氏だ。
私に拒否権なんてないんだろう。
前回の十段戦の時は親に内緒で無断外泊した私。
(今回はちゃんと言おうかな…、どうしようかな…)
2時間目の授業が終わり、再び本因坊戦の配信を見る。
さっきから10手しか進んでいなかったので、そろそろ二人とも研
ここからは完全に自力勝負となる。
「京田さん…、今日の対局すごく楽しみにしてて、結構準備もして
現在局面を見て、彩がボヤく。
お兄ちゃんなんて絶対何にもしてないのに、と。
「佐為はAI研究より実戦派だからね。移動の合間にも結構携帯で
「お兄ちゃんネット碁してるの?!」
「彩は自分の兄のこと、知らなさ過ぎだよ…。佐為が左利きって
この前の高松の動画を見た彩が、
「精菜!お兄ちゃんって左利きみたいだよ!」
とビックリしてたのだ。
今まで知らなかったアナタの方がビックリなんですけど…。
「だってお兄ちゃん、私が物心ついた頃にはもう右手で文字書いて
「でも所々今も左でしょう?ハサミとか。それで普通気付くよ」
「え、ハサミ左なの?」
「…彩って本当に妹?」
だってお兄ちゃんがハサミ使ってるところなんて見ないしー!と彩
「で?お兄ちゃんホントにネット碁してるの?ハンドルネーム何?
彩がワクワクした顔で聞いてくる。
「……そのままよ」
「そのまま?」
佐為のハンドルネームは本名のまま。
『sai』だ――