MEIJIN 60〜佐為視点〜





「ネットに楽しそうな動画上がっとったやん。香川楽しかった?」

「まぁね」



翌日、土曜日だけど僕は学校に来ていた。

西条を含め他の生徒は模試を受ける為だが、僕はもちろん補講の為だ。


「進藤君、移動しようか」

と担任の崇原先生に呼ばれ、僕は西条に「また後で」と告げて、補講用の教室へと移動した。

今日は崇原先生の現国からスタートして、数学、化学・生物、英語、世界史・日本史・地理と盛り沢山だ。

流石に五教科以外の補講は免除してもらっている。


「あ、先生お土産です」

空港で買った賄賂のうどんを渡すと、先生には

「ありがとう…、でもスケジュールが狂うから今後はやめてね」

と溜め息を吐かれてしまった。


「すみません、急遽ピンチヒッターだったもので」

「いやいや、妹さん毎日元気に学校来てたけど?」

「はは…、妹の回復力はすごくて」

「そういうことにしておこうか。じゃあ105ページ開いて」

「はい」



週明けは僕は本因坊リーグでまた学校を休むことになる。


(京田さんとだから楽しみだ…)


その後はいよいよ名人戦の最終局だ。

勝っても負けてもこれで今期名人戦が終わる。

場所は山梨の老舗ホテルで、大盤解説会は倉田天元が担当してくれる予定だ。

現在天元の防衛戦真っ最中だけど、この前の第3局と次の第4局は3週間も空くので、解説を引き受けてくれたらしい。


(有り難いな…、お返しに僕も第5局があるなら解説に入ってあげようかな…)


今は倉田天元の21敗で、こちらも王手をかけてる状態だ。

精菜と母の女流本因坊戦も21敗で、母が王手をかけている。

どの棋戦も大詰めだ。

今年最後まであるタイトル戦が僕と父の王座戦。

こちらも名人戦が終わればすぐに第2局が京都である。


11月の京都か…、紅葉が綺麗そうだ…)

(精菜と行けたらいいんだけど…)

(聞き手に入ってくれないかな…、さすがにもう決まってるか)

(精菜に会いたいな…。昨日まで一緒にいたくせにもう会いたくなってるなんて…、この先が心配だ…)



「……進藤君、聞いてる?」

「聞いてますよ。続けて下さい」

 

 

 

 

 



翌日曜日は朝から棋院に行って雑務をこなした。

取材を何社か受けた後、スタジオに移動して写真撮影もする。

今日撮ってるのは来年のカレンダー用らしい。

普段撮られまくってる写真でカレンダーぐらいいくらでも作れるだろうと思うのだが、やはり付加価値を付ける為には新しい写真が必要らしい。

季節外れの小道具を持たされたり、偽物の雪が舞ってたり、普段絶対着ないような服に着替えさせられたり……内心ゲッソリする。

 


「バレンタイン用のチョコレートのCMのオファー来てるけど、どう?」


撮影を終えて棋院まで車で移動中、広報担当の松尾さんが打診してくる。


「絶対に嫌です」

「頼むよ〜ちょっとチョコ食べて笑うだけで300万だよ?こんなオイシイ仕事ないでしょ」

「無理です。何がなんでも断って下さい」

「そう?俺なら飛びつくのになぁ…」


じゃあお前が出ろ、と内心毒づく。

もちろんいつかは絶対に断れない案件が出てきて、両親みたいにCMに出るハメにはなるんだろう。

でもまだタイトルを一つ、一期しか持っていない僕には分不相応な気がする。

やはり今回挑戦まで漕ぎ着けた、名人と王座は確実に手の内にしておきたい。


(そういえば母は名人を失うと10数年ぶりに七大タイトルホルダーではなくなるんだな…)


21歳の時に王座を奪取して以来、ずっとタイトルホルダーだった母。

もちろん女流タイトルは相変わらず牛耳っているからタイトルホルダーであることには変わりないが、それでも意味合いは全く違う。

母は失冠についてはどう考えてるんだろう…。

もし僕が第7局を制することが出来たなら…、いつか想いを聞いてみたいものだ。


(――て、僕が聞かなくてもマスコミが勝手に聞きまくるか…)


考えたらしんみりしてしまったが、だからといって僕が負けてやるわけにはいかない。

絶対に勝って、奪取してやる。

流れ行く車窓の景色を見ながら、僕は拳を握った――

 

 

 

 

 




「おはようございます」



翌月曜日。

僕は幽玄の間で京田さんと向かい合っていた。

本因坊リーグ・第2戦。

持ち時間は5時間。

今まで数え切れないくらい対局した、お互い手の内を知り尽くしてる弟弟子との対局。

今までの公式戦の対戦成績は僕の77勝。

今回も絶対に勝たせてもらう。

何故なら本因坊は僕が一番欲しい、一番思い入れのあるタイトルだからだ。


ニギり、京田さんが黒、僕が白と決まる。

お互い鋭い目で視線を合わせた。

名人戦最終局前の最後の公式戦。

ゲン担ぎの為にも、絶対に負けるわけにはいかない――

 


「「お願いします」」

 

 

 

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