MEIJIN 58〜佐為視点〜





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時になり大盤解説会がスタートした。

このホテルで一番広い宴会場。

先着1000人と聞いていたけど、結局ギリギリまで椅子を詰めて1200席まで入れたらしい。

9時から整理券を配布したそうだけど、11時には完売。

そして9割以上が女性客。

とても華やかな大盤解説会がスタートした――

 



「解説を務めます進藤佐為です。妹の彩の代役となりますが、皆様に楽しんでいただけるよう精一杯務めさせていただきますので、終局までどうぞよろしくお願い致します」

「同じく解説の芦原弘幸です。まぁ皆さん俺の方なんて見てないと思いますけど、一応最後までお付き合い下さい〜」


どっと笑いが起きていた。

まずは解説前に軽くトークから入る。


「で、彩ちゃん大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。喉が痛いって言うので大事を取ってるだけですので」


もちろん嘘だけど。


「めっちゃ平日だけど佐為君学校は大丈夫なの?補講いっぱい受けてるって聞いたけど」

「はは、担任には泣きつかれましたけどね。スケジュールが狂うからやめてくれって。でもまぁ妹の頼みなのでね、断れませんよね」


嘘だけど。


「タイトル戦の解説はいつぶり?」

「本因坊戦の第6局以来なので、4ヶ月ぶりですね」

「ああ…、あの京田七段とのダブル解説?」

「そうです。あれは楽しかったですね、京田さんと一緒だとやっぱり安心感が違いますので」


何故かきゃあvvと歓声が上がる。


「京田七段とは仲いいの?」

「いいと思いますよ。同門ですし。研究会のない日もよく一緒に打ってます」

「へー」

 


その後は初手から解説をしていく。

既に100手を超えてる母と精菜の盤上。

なかなか追いつくのが大変だった。


「まだ五分?」

「そうですね…、でもわずかに女流本因坊がいいかと」


解説中は常に肩書で僕は名前を呼ぶ。

母のことは女流本因坊と。

精菜のことは緒方五段と。

でも芦原先生はいつも通りアキラ、精菜ちゃんと呼んでいて思わずつられそうになる。


「精……緒方五段が長考してるので、今のうちに抽選会に入りたいと思います」


芦原先生にプッと笑われる。

誰にも聞こえない程度の小声で、

「間違えないようにね?佐為君が精菜ちゃんのことを普段呼び捨てで呼んでるのがバレたら炎上するよ?」

と。

(ムカつく…)


女流本因坊戦の抽選会も名人戦のラインナップと同じで、ポスターやクリアファイル、ご当地グッズ、そして目玉の棋士の色紙だ。

僕も今回は2枚書いていた。


「佐為君、字が上手いよねー。習ってたの?」

と僕の色紙を見た芦原先生がトークタイムで聞いてくる。

「物心付く前から祖母に教わってましたね」

「塔矢行洋先生の奥様にね」

「そうです」


祖母は僕や彩が棋士になることを見越して、小さい時から習字を教えてくれていた。

当時はどうしてこんなことをしなければならないのか分からなかったけど、今となっては感謝しかない。


「プロになって初めて揮毫したのはいつ?覚えてる?」

芦原先生が突っ込んだ質問をしてくる。


「…そうですね」

「何て書いたの?」

「何だったかな…」

「誰が持ってるんだろうねぇ」

「誰でしょうね…」


誤魔化したけど、もちろん僕はハッキリ覚えているし、誰が持ってるのかも分かっている。

中学2年生の夏休み。

『夢』と書いて、精菜にプレゼントしたあの扇子が僕にとっての初めての揮毫だったからだ。

ちなみに今日の彼女の手には握られていない。

やはり彼女の中では僕と同日同時刻に戦う前回の対局が特別だったのだろう。


今回の僕の色紙は中年の女性と20代前半くらいの女性が当てていた。

「おめでとうございます」

と直接手渡しすると、彼女達は顔を真っ赤にして挙動不審気味に席に戻って行っていた。


抽選会の後は再び進んだ手を解説して、そしてまたトークに戻る。

解説とトークの割合は完全に組む相手によるのだが、芦原先生はよほどトークが好きなのか、それとも解説したくないのか、とりあえず僕のことを根掘り葉掘り聞いてくる。


「佐為君は今日の対局者の二人とは親しいの?」

「親しいというか…、息子ですけど何か」


どっと笑われる。


「芦原先生こそ親しいんですか?」

「まぁアキラは師匠の娘だからねー。アキラ自身も俺のこと友達って認めてくれてるし?」

「父は母に男友達なんていらないって言ってましたよ」


また笑いが起きる。


「精菜ちゃんは緒方先生の娘だしねー。もう半分僕の娘みたいな感覚だよねー。生まれた時から知ってるし」

「僕だって生まれた時から知ってますよ。母と病院を訪ねましたから」

「俺も訪ねたよ」

「いや、きっと僕の方が早いかと」

「いやいや俺じゃない?」


なぜか張り合ってしまった。

今度緒方先生に会ったら真相を確かめてやろうと思った。

芦原先生には絶対負けたくない。


「佐為君は精菜ちゃんとは同期になると思うけど、打つことはあるの?」

「公式戦はまだ無いですね。プライベートでも今はほとんど無いです」

「佐為君忙しいもんね〜」

「一緒に住んでる両親や彩ですら、1週間くらい平気で顔合わせない時もありますよ」

「本当に?そりゃ大変だぁ」

「そういえば芦原先生とも公式戦で当たったことないですよね?」

「…ないねぇ」

「一度当たってみたいですよね」

「はははーどうかなぁ」


芦原先生が苦笑いする。

僕も笑いながら、

(当たれるものなら当たってみろ…)

と目で挑発してやった。


タイトルホルダーとなった僕にはシード権が与えられ、もう基本予選には出ない。

本戦やリーグ戦まで上がれるものなら上がって来てみろ。

コテンパンにやっつけてやる――とね。

 

 

 

 

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