●MEIJIN 56●〜佐為視点〜
僕と精菜がお楽しみな最中にベルが鳴る。
(冗談だろ……?)
検分まではまだ30分以上時間がある。
無視しようと思ったら更にピンポーンピンポーンと連打される。
「佐為…、出た方がいいんじゃないかな…」
(チッ…と内心舌打ちする)
仕方なく体を起こして彼女を解放した。
精菜が裸足のままドアに近付いていって、
「あ、はーい」と返事をすると、
「精菜ちゃん、検分時間早まったって」と明るい芦原先生の声がし
「分かりました。すぐ行きます」
「待ってようか?」
「大丈夫です。5階ですよね?」
「うん。じゃあ5階で待ってるね」
「はい」
やり取りを終えた精菜がこっちに帰ってくる。
「検分時間早まっちゃった…。もう行かなきゃ」
「…そうだな」
彼女が服を着だしたので、僕もそれに続く。
このタイミングの悪さ、絶対芦原先生確信犯だろと毒づく。
もしかしたら僕が精菜の部屋に入っていくところを見られてたのか
そして一番盛り上がってるだろう時間を狙って、ベルを鳴らしたの
「佐為…、ごめんね?」
服を着終えて元の姿に戻った彼女が申し訳なさそうに謝ってくる。
「いや、僕も…、夜まで待てなくてごめん」
「続きは食事会が終わって解散になったらしようね」
「…そうだな」
「先行くね」
「うん」
彼女がパタパタと急いで部屋を出て行った。
時間差で僕も出て、検分が行われている5階に向う。
僕が到着する頃には検分はほぼほぼ終わっていて、母と精菜が最後
「佐為君、遅かったね。もう終わっちゃうよ?」
と芦原先生が僕に声をかけてくる。
「…そうですか」
既にやさぐれている僕。
芦原先生が小声で
「お楽しみのところ悪かったね」と――
目を一瞬見開いて、僕はその後芦原先生を睨みつけた。
「何の話ですか?」
「何の話だろうねぇ…」
心の中でまた舌打ちする僕がいた。
前夜祭で母と精菜が退出した後、僕も少しだけ壇上でトークに参加
「進藤十段は今回妹の進藤女流の代打ということだけど…、彩ちゃ
と芦原先生に話を振られる。
「(彩がかかってるのは恋の病なので)大丈夫ですよ」
「ならよかった。十段は香川は初めて?」
「初めてです。7月にイベントで松山に行ったので、四国は2回目
当たり障りのない会話を続けて、前夜祭は終了した。
そのあとは関係者だけの食事会だ。
対局者の二人はルームサービスなので不在。
さっさと食べて精菜のところへ戻りたいのに(というか別に僕の夕
「佐為君、ほら飲んで飲んで〜」
と芦原先生に絡まれて烏龍茶をグラスに注がれる。
「夜は長いんだし、たまにはお兄さんと語ろうよ〜」
と肩を組まれる――まるで逃さないとでも言うように。
「いえ…、結構です。僕はちょっと用事があるので…」
「何の用事?」
「それは言えませんが…」
「言っておくけど、精菜ちゃんのところには行かせないからね」
―――え?
「精菜ちゃんは明日大事な対局なんだから。たかが聞き手のキミが
「…別に邪魔なんて」
「でも精菜ちゃんを寝不足にさすつもりだろう?」
「……」
「彩ちゃんが病気なんて本当は嘘なんだろう?全く困った彼氏だね
組んでた肩をパッと離され、芦原先生は今度は料理を取り分け始め
僕の前にも大量に置かれたので、仕方なく口を付ける。
「この前の岐阜の時もそうだったけど、このホテル、今夜はキミの
「……」
「キミのファンがたーくさん泊まってるから。あちこち、色んな階
「……」
「どこで誰が見てるか分からないんだから、気を付けてくれよ。傷
「気を付けてますよ……嫌ってくらい」
だから外ではいつも精菜と一定の距離を取ってるんだ。
(本当は横
デートだって彼女の部屋ばかりだ。
(本当はあちこち出かけたいの
僕だって普通の高校生みたいに普通の交際がしたい。
だけど実際問題出来ない現実があるから、少しでも恋人同士の時間
「これ以上僕にどうしろと…」
怒りで、グラスを持つ手が震える。
「どうもこうも、ただ単にここでは近づかなければいいだけの話だ
「無理です」
「佐為君…」
「本当に。無理なんです…、これ以上…」
精菜不足で気がおかしくなる。
どれだけ毎日電話してたって、会わなくて大丈夫なわけじゃない。
彼女に触らなくても平気なわけじゃない。
今は近くにいるのに。
急げば5分で会える距離にいるのに――
「はぁ……全く」
本当アキラにそっくりだよ…、と言われてしまう。
「アキラも進藤君と打つためには手段を選ばなかったもんなぁ…。思い詰まったら一直線なところはそっくりだよ」
「だって…」
「分かった分かった。緒方先生には邪魔するよう頼まれたけど、こ
――え?
(緒方先生…?)
「ただし、精菜ちゃんに無理させないこと。寝不足なんてもっての
「…もう20時なんですけど」
「2時間もあれば充分だろう?」
「…そうですね」
しっしと手をヒラヒラさせられる。
早く行けば、と言わんばかりに。
「ありがとうございます、芦原先生」
「緒方先生には内緒にしておいてあげるよ。ただし!」
「え?」
「明日の解説はお手柔らかに頼むよ」
と言われ、僕は
「しっかり聞き手を務めさせていただきます」
と答えたのだった――